第55話 処刑と人質
「さて、説明して貰おうか?」
私の横をすり抜けるように、一人の男子生徒が一年一組の教室に踏み込んでくる。
室内の全ての生徒達が、突如現れた上級生らしきその者から視線を外し、眼を合わせないようにする。
しかし、彼はそんな周りの反応を他所に、ズケズケと乗り込んできては目線の先に立つ天草さんの目の前で足を止めました。
「君さ、アレが覇将様の最優先捕獲対象だってわかってるよね?」
「そ、それは……」
静まり返った教室の中、男子生徒が天草さんを問い詰める声だけが響く。つい数秒前までガヤガヤ、ざわざわと賑わっていた教室がまるで嘘のように、今は静寂に包まれている。
「待ちなさい!」
男子生徒に詰め寄られ口ごもる天草さんを前に、私は思わず声を上げて割った入る。周囲や天草さんの様子を見るに、この男子生徒はそれなりに恐れられているように見えます。
「用があるのは私のはずです。彼女は関係ないでしょう。それで、あなたは何者なんですか」
私が彼の背後から話しかけると、彼はこちらを振り向く。
「二年の日下部(くさかべ)大和(やまと)。俺は新入生たちの監視を任されてる。ま、監視役は俺一人って訳じゃないけどね」
「それで、また私を無理やり覇将の元へ連れて行こうというのですか」
私は日下部さんに要件を問う。
おそらく、覇将派の人ならば私を捕まえようとするはず。でも、もしも日下部さんが羅将派だった場合、東雲靜華の言っていた通り、彼らにとって目障りな私を始末しようとするかもしれない。
どちらにせよ、彼がdummyの人間なのは明白。出来れば、余計な戦いは避けてすぐにでも撤退したい所ですが、この様子では天草さんをそのままにもしておけません。
「君を捕えるのもそうなんだけどさ。でもその前に、この裏切り者を粛清しなきゃいけないんだよね。君はその後って事で」
彼は懐から魔砲を取り出し、腕をまっすぐに伸ばして天草さんに銃口を向ける。
ついさっきまで、彼女と仲良さげに会話を弾ませていたクラスメイト達も、彼女の窮地を見て見ぬフリ。私を除き誰一人として、先輩である日下部さんに異を唱えようとはしない。
「待ってください。彼女は何もしていません」
「じゃあなんで庇うのかな? やっぱり仲間なんだろ? それに、どちらにせよ目の前の敵をみすみす見逃すのは裏切ったも同然さ」
「違います! 彼女は……」
私は途中で言葉を飲み込む。
こんな状況じゃ何を言っても逆効果です。庇おうとすればするほど、彼女の立場が危うくなっていく。加えて、クラスメイト達は誰も彼女を助けようとしません。
さっきまで私と同じです。今ここで天草さんを助けようとすれば、その人もまとめて粛清される。裏切り者として反逆者のレッテルを張られてしまいます。
私の声に反応はしながらも背中を向けたままの日下部さん。そして、彼の銃口は依然天草さんを捕えたままでした。彼の背中越しに天草さんを見ると、俯いたまま口を閉ざして開かない。もはや、弁解も意味は無いと諦めて居るのでしょうか。
私は歯がゆさを噛み締めながら、グッと握り込んだ拳をゆっくりと開く。
「やめなさい!」
彼の背後から銃口を突き付けて、私は抜いた魔砲の引き金に指を掛ける。
もはや言葉に意味は無い。このままでは、また私の目の前で一人の生徒が粛清されるだけ。この場の誰もそれを止めようとはしない。
本人でさえ、それを諦めて居る。もしここで反抗して何とか生き延びたとしても、学園内の九割以上を敵にまわしてこれからも生き残っていくのは、言うまでも容易な事じゃない。それを自覚しているからこそ、本人ですら粛清に抵抗する様子を見せない。諦めが思考を停止させる。
それでも、例え周りが諦めていても、本人が諦めていても、私だけは目の前の人間を見捨てたりしない。今、この場で天草さんを救えるのは私の他には居ない。
「彼女はやらせません。魔砲、降ろしてください」
警告に反応して、彼がこちらにゆっくりと振り向く。
「知ってるよ。魔砲をピンポイントに狙撃して敵の武装を解除するのが得意なんだってね」
「それ以上動かないで下さい」
「あーこれは失礼。じゃこのままで。一つ聞いて良いかな?」
「何ですか?」
彼の銃口が天草さんを、私の銃口が彼を捕えたまま、彼は私に問いかける。
異様に余裕な表情を向けてくる彼に違和感を感じながらも、気を引き締めて一呼吸する。私が人を撃てない事を知って居るからこその余裕なのか、それとも自分の能力に自信があるのか。どちらにせよこの状況なら、完全に後ろを取っている私が有利なのに違いは無い。
最悪の場合、人が撃てなくても敵の魔砲を打ち抜けばいい。それで、彼女を連れて逃げるには十分な時間を稼げます。
彼は一瞬の間を置くと、私に質問をするために口を開く。
「君、なんでそんな事しているのかな?」
「そんな事とは」
「敵の魔砲を撃つなんて凄い技術だけど、それじゃ不毛だろ? 敵も倒せないし自分の単位にもならない。何の為にそんな事してるのかな?」
「……別に何かが欲しい訳じゃありません。私の銃弾は、人を守る為の銃弾ですから」
そう、私の銃弾は誰かを倒す為じゃない。自分を、大切な人を、そしてこれからは私の目の前にいる全ての他人(ひと)を守る為の物。
ずっと前からそれだけは変わらない。これまで経験した多くの事で、引き金を引かなくては守れないモノもあるのだと知りました。けれど、それでも人に向けて引く金は引かない。それが時には間違いでも、敵を撃って英雄になるのだとしたら、私は人を撃てない臆病者で構いません。
「人を守る為の銃弾ねぇ? あぁ、良い事思いついちゃった」
彼はクスクスと笑いながら私に言葉を返す。私の魔砲を握る手に力がこもる。
一体何をしようと言うのでしょうか。
「じゃ、一年一組の諸君。この裏切り者である天草さんを撃って良いよ」
まさかの彼の発言に私と天草さんが驚いたように反応する。
そして、その号令と同時に教室中の魔砲が、たった一人の女子生徒に向けられた。
「あなた、何を!」
「ほら、その銃弾で守って見なよ。彼女をさぁ」
無数の銃口が一瞬にして集中し、俯いて黙っていた彼女は、さらに膝から崩れ落ちる。仲間が敵に変わるのは本当に一瞬だった。とは言っても周りから見れば、敵になったのは天草さんの方。理不尽な話ですが、彼女に裏切った自覚が無くても、目を付けられた時点で敵になったも同然。
他の一年生たちは、上級生に逆らう素振りは全く見せない。つい数分前までは、仲間の一人だったにも関わらず銃口を無慈悲に向ける。
「やめて下さい!」
咄嗟に、両手を大きく広げて天草さんの盾になるように立ちはだかり、銃口を一手に受ける。
しかし、日下部さんはそれをもろともせずに畳みかけるように教室中の生徒達に言葉を続けた。
「倉島には当てるなよ、そんなことしたら懲罰もんだ。ただ、天草に当てた奴はその分の単位に加えて、何かしら報酬を用意しよう」
「っ! あなたは……!」
嬉しそうにこの状況を楽しむ彼の顔を、思い切り睨みつける。
どう足掻いても、たった一発の銃弾じゃ三十以上もの魔砲を向こうかする事は出来ない。再装填を計算に入れても大した足しにはならない。
こんな状況じゃ、飛鳥さんたちに応援も頼めない。今は私一人で、何とか天草さんを守るしかない。
打ちひしがれるように小刻みに震える彼女を後ろに庇い、私は何とか思考を巡らせる。しかし、暮人や皇さんのように、そうやすやすと良い策は思い浮かばない。
「皆さん! 魔砲を下ろしてください!」
「…………」
「彼女は、皆さんの友人のはずです! どうしてそんなに割り切れるんですか!」
「…………」
教室中に訴えかけるも、反応は無い。
それとは打って変わり、ケラケラと愉快そうに笑う日下部さん。こんな人の……、こんな人の遊び半分で、彼女が退学になっていいはずが無い。
感情がよりいっそう高ぶり、なんとしても彼女を救いたい。そう思った私の脳裏に一つの策が思い浮かぶ。成功するかはわからない。でも、体は考えるよりも早く動いていた。
「魔砲を下ろしなさい!!」
何が起こったのかわからない周囲の人間は、その事態にポカンと口を開いたまま制止する。
私は、教室中に警告をすると同時に、自ら握った魔砲を自分のこめかみに突きつけました。
「人質を取りました。さぁ、魔砲を下ろして下さい」
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