38

 土曜日にお洒落なカフェで昼食を取るのは、昔からママの趣味みたいなものだ。私も愛しのローストビーフ丼と対面できるので、この時を楽しみにしている。

「生徒会長選挙はどう戦うの?」とママに聞かれたので、私は「学校を自由にする」と答えた。ママはそれを私のマニュフェストだと理解したらしかった。しかし、今日のママは鋭く切り込んでくる。

「自由って何のこと?」

「何のことってどういうこと?」

「自由っていうのは抽象的な言葉でしょ。だから、具体的に言わないと伝わらないんじゃないかしら」

 私は思い付くままに「髪の色の自由化!」と言った。これはやらないわけにはいかない。ママも「なるほどね」と頷いている。


「さきはどんな仕事に就くのかしらね」と、今度はママが独り言のように言い出す。「それこそ職業選択も自由な時代だから」って。

「えー、働くとか嫌」

 というか、自分が働くとか、実感が湧かなさすぎる。

「社会は自由だから、沢山働いて稼いでもいいし、その代わり働かなければお金貰えないから生きていけないけれど」

「そんなの自由じゃない」と、私は反発したが、今日のママは手強い。

「互いに自由なんだから、欲しいものがあれば競争して勝たないと手には入らないでしょ?」

「それは私の欲しい自由じゃない」

「じゃあさきが考える自由ってどんなの?」

「なんかこう、何にも縛られてないってこと!」少なくとも、髪を染めてはいけないとかいう規則に縛られていては自由じゃない。

 ママは社会と言うけど、社会のことは知らない。今の私にとっては学校が社会なのだ。そして、学校は自由じゃない。それで十分だ。だから自由にするのだ。規則撤廃戦争だ!


 こうして私のマニュフェストは具体性を帯びていく。

「学校に自由を――諸規則の撤廃を目指します」

 マニュフェストなんだかスローガンなんだかよく分からないけど、私がやりたいのはこれだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る