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「もしサキが言い返さなかったら、私たちのお昼休みはもっと長かっただろうに」
教室を目指しながら、マカナが持ち前の高い声で言う。私も乗る。
「しかし現実は逆で、私は田中に屈しないから、私たちのお昼休みはこんなにも短い!」
「We would have enjoyed long lunch time!」
マカナがわざとらしく肩をすくめて天を仰いだ。
「それ文法合ってる?」
「さぁ。通じればいいんでしょ。コミュニケーション英語なんだから」
「それな」
パンをちぎっては口に運んでいるコトの隣に座り、お弁当を広げる。コトが「姫何してたの?」と聞くので、私は今あったことを大袈裟に話した。
「ふ~ん」と、何とも言えない反応。ところで、コトは私のことを「姫」と呼ぶことにしたらしい。初めは「さき姫」と言っていたが、すぐに短くなった。「咲くに姫でサキだから、さき姫じゃない」という私の反論を受け入れたのかもしれない。
「そういえばさ」
一つ気になっていたことがあった私は、一度箸を置く。そういえばマカナは知らぬうちに違うグループに消えていたが、私が気になったのはそんなことじゃない。
「薔薇の名前が薔薇じゃなくてもその花の香りは変わらないだろうけどさ、ロミオの名前がロミオじゃなかったら、その人はロミオにはならなくない?」
コトは、よく分からないという顔をして、またパンを一欠け食べた。
「だからさ」と、私は熱を込める。「人の場合はどんな名前で育つかによってどんな人になるかが変わっちゃうでしょ? 自分の名前が自分の性格に作用するっていうか。でも、薔薇はそんなの関係ないじゃん」
「そうかもね~」
「だから、薔薇の香りが名前と関係ないからっていう喩えで、ロミオに名前を捨てろって言うのはずるくない? ジュリエット」
コトは「なるほど~」とは言ったが、納得はしていないようだった。「でもあれは、大人になった後に今から名前を捨てろって言ってるんだからいいんじゃないかな~。別の人間になれってことでしょ? 結婚する時に女が姓を変えろって言う奴みたいに」
急に予鈴が鳴って、私は飛び上がった。慌ててお弁当の残りを掻き込む。
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