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 私は腰を直角に折った姿勢のまま、少し顔を上げた。この修羅場に「ちょっといいですか」と割り込んできた勇者の顔を見たかったからだ。どこか見覚えのある顔の持ち主を思い出す前に、渡邊ララが答えを言った。

「安倍くん、何?」

 そうだ。思い出した。生徒会長選挙で私に負けた、冴えない男の子。渡邊ララと同じクラスだったんだ。安倍が「会長さん」と話しかけてきたので、私はようやく体を起こした。

「会長さんは企画書の提出に関して、生徒代表会議の承認を得ていますか」

「え?」

 会議? 初めて聞く言葉だった。

「生徒会総務の活動は、原則的に代表会議の承認を得る必要があります。ですから今回も企画内容に関して事前に諮る必要があると思います」

 私の方にさらに不備があるって言いたいの? その、代表なんとか会議を通してないから。渡邊ララはもう勝ち誇ったような顔をしている。しかし、安倍は必ずしも私の敵ではなかった。今度は渡邊ララに向き直る。

「公示から選挙の間に代表会議を開くのは現実的ではありません。誰が次期役員になるか分からない状況では、誰に対して承認を与えているのか判断できませんから。公示前という選択肢もありますが、それでは一次企画書を提出してからあまりに日が短く、二次企画書そのものの意義が薄れかねません」

 渡邊ララは黙って聞いている。

「つまり、今回の件に関しては、選挙で選ばれた新総務が二次企画書提出の承認を生徒代表会議から得るために必要な日数分は、提出が遅れても合理的な理由が認められるのではないでしょうか」

 光明が差した! 細かい所はよく分かんないけど、安倍は強力に私の味方をしてくれている。それだけは分かった。選挙で負けたのに、寛大な男だ。

「一週間」

 そう渡邊ララは通告した。私がその会議の承認を得るために一週間待ってくれるという。渡邊ララに譲歩させるなんて、安倍は救世主だ。彼女も相手が悪いと悟って、早めに安倍案に乗ることにしたんだろう。

 渡邊ララが「じゃあ明後日の委員会までに持って来たら受け取ってあげる」と言ったところで予鈴が鳴った。今日から一週間というわけではなく、あくまで本来の締め切りから一週間か。お昼休みは終わってしまったが、希望は繋いだ。

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姫に翼を 山田(真) @yamadie

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