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「あれ? 食べないの?」

 トイレから戻ると、コトのトレイはほとんど手つかずのままだった。私はほぼ氷だけのジュースを飲む。時間が経っても炭酸が抜けないジュースを早く発明してほしい。

「コト食べるの嫌いなんだよね」

「?」

 意外な発言だった。コトは構わず続ける。

「なんか気持ち悪いっていうか、綺麗かどうかもよく分かんないし」

 そういうことか。と思った私は、「確かに、このレタスちゃんと洗ってるのかな、とか考えちゃうよね」と同意する。しかし、コトが言いたいのはそういうことではなかった。

「それもそうなんだけど、そもそも異物を体内に取り入れるっていうこと自体がね~」

 そっちか。意外と根深いな。でも、私と同じ「匂い」を感じた。私も考えを言ってみる。

「あ、それだったら私あれ嫌なんだよね。何回も誰かに吸われた空気が漂ってるの。今吸った空気が三分前にはおっさんの呼気だったかもしれないわけじゃん」マジで反吐が出る。

「うわそれ最悪~」と言って、コトは机に寝そべった。そしてそのまま「息したくない」と、鼻声で続けた。

 この話にこんなに共感してくれた人は、コトが初めてだ。ママに言っても「そういうものでしょ」と取り合ってくれなかった。中学の先生もそうだ。結構みんな鈍感なのだと、その時思い知った。でもコトはこっち側の人間だ。そう確信した。


「息しなかったら死んじゃうね」と言ってみると、「コト死にたいんだよね~」と返ってきた。

「分かる」と言うと、「分かる?」と、コトの目だけがこちらを向く。

「だって死ぬなら可愛いうちに死にたくない?」

 三十歳くらいまではセーフかな?

「可愛い時なんて1ミリも無いからそれは無理」

「でも年取ってよれよれになりたくなくない?」

「あぁもう絶対そうなる前に死ぬわ~」

 三十歳までだとしたら、私の人生はちょうど折り返し地点だ。自分が老いるのは見たくない。でも私が死んだらママは悲しむかな。それだけは嫌だな。かといってママが先に死ぬのには私が耐えられない。これは袋小路だ。

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