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職員室の前まで来ると、田中は質問用にと置いてある机にもっていた教材の束を置いた。そしてその中から教員用のタブレットを引っ張り出して、私に見せる。
「っ!」
画面には、マカナのとびっきりの変顔が記録されていた。込み上げる笑いを、唇に力を入れて押し殺す。この変顔を見て笑いを堪えなければならないなんて、何たる拷問。第二ラウンドは田中の奇手にやられた。
田中は「これが時制について考える表情ですか」と畳みかけてくる。
いつもの私だったら「マカナはよくこういう顔で真面目なことを言います」と言うところだが、これ以上変顔についてやり合うのは耐えられなかった。ここは諦めて、第三ラウンドに移行すべく、論点を変える。
「時制についてだったら授業中に考え事をしててもいいですか」
私は田中の顔を見上げた。どう来るだろう。
「どういうことですか」
「今日の授業は仮定法についてなので、時制について考えることは授業と関係の無いことをしていたことになりますか」
「いい加減にしなさい。あなたたちは真面目に授業を受けていなかった。そうでしょう!」
勝った。二勝一敗で私の勝ちだ。
勝てればもう用はない。あとは謝っておいて、昼休みを確保するに限る。
「すみませんでした」と、型通りに謝る。それで帰ろうとしたけど、田中の怒りは収まっていなかった。
「そもそもね、あなたたちは授業に向かう姿勢が分かってないんですよ」と始まり、よく分からない話が延々続いた。結局何が言いたかったんだろう。
傍から見ると私たちはしゅんとして怒られているように見えたかもしれないが、内心は私たちが田中のプライドのために怒られてあげてる気分だった。
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