みんながお弁当のために教室に戻っていく中、私たちは田中の後頭部を見ながら階段を降りていく。その最中も、マカナが隙を見ては変顔してくるので、私は思わず吹き出してしまった。田中がさっと振り返る。

「何がおかしいんですか」

「いえ、何も」

 マカナを見ると見事に殊勝な顔をしている。天性の女優だと思った。子役でもしていたのかと後で聞いてしまったくらいだ。他方、私は思ったことが顔に出てしまう。この時もまだしまりのない顔をしていたんだろう。田中の怒りスイッチを入れてしまった。

「あなたたち、授業中にチャットしていましたね」

「先生が話し合いモードを解除していなかったからです」

 こういう時にこう言い返すのは私のいい所でもあり悪い所でもある。マカナみたいに今度は泣きそうな顔でうつむいていればよかったのかもしれない。

「綾雲さん、話し合いモードになっていたらお喋りしてもいいんですか」

「話し合いモードになっていなかったらお喋りしませんでした」

 踊り場に二人の声が響く。階段は沢山の人が通るから、怒るなら移動し終わってからにしてほしかったなぁ。教師なら生徒のプライドに配慮すべきだ。しかし、田中はお構いなしだ。

「いいですか。あなたは授業中に関係ないことをしていたんですよ」

「関係はあります」

「関係ないでしょう!」

 こういう時に声を大きくしたり荒らげたりしたら負けだと思う。


「私は田中には負けない」

 心の中でそう決めた。


 すぐに冷静さを取り戻した田中が、「じゃあ何を話していたのか言ってみなさい」とゆっくり迫る。私はのんびりとした口調で「何で英語には時制があるんだろうなぁ~って話していました」と答えた。

「……こっちへ来なさい」

 田中が階段の続きを降り始めた。まだ帰してくれるわけではなさそうだ。でも、とりあえず階段を離れられるならいい。次は第二ラウンドだ。

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