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私たちの推論によると、試験前の放送室でお喋りをしているのは合法だ。それでも、大人たちが難癖をつけてくるであろう行為だという自覚はあった。だから、そーっと入ってきたのがクラスメートだと分かった時にはどっと全身の力が抜けた。
「なぁーんだぁ! ワタルかぁー!」
私は自分が出そうと思っていたのより大きな声で藤原渉を迎え入れた。
「あ、あの、私では何か問題ありましたか」
ワタルはいつもの猫背のまま、完全に気後れしていた。
「いや、ワタルでよかったよ。さ、座って座って」
いつまでも入口に突っ立ているワタルの手を引っ張って、椅子に座らせる。彼は警戒しているのか緊張しているのか、怯えた小動物みたいに部屋の下半分を見渡した。
「何ビビってんの。あ、そうだ。一つ聞きたいことがあるんだけど」
私は、さっきの質問をワタルにぶつけてみた。
「ワタルは勉強しないの? それともしてる?」
「し、します。……十分ではありませんが」
ワタルはワタルで「何を聞かれているのか分からない」という顔だったが、私にとってこれは重要な話なのだ。勉強する理由があれば、私だってもうちょっとできると思う。
「なんで? 何で勉強すんの?」と聞くと、ワタルは馬鹿真面目に答え始める。
「世界的に大衆迎合主義が広まっています。このままでは民主主義は死に、行き着く先は衆愚政治か独裁です。健全な国民主権を守るためには私たち国民が賢くないといけないのです」
「はぁ……」
絶対に聞く相手を間違えた。私が理解していないと悟るや、ワタルは追加の説明を始める。私は「お前に聞いた私がバカだった」と止める気持ちにもならず、彼の崇高な思想を最後まで聞いた。ワタルがこんなに喋るなんて、知らなかった。
「え、で、結局は官僚にでもなりたいの?」
「いや、それも選択肢のうちの一つですが、まだそこまでは考えていません」
すっかりワタルのペースに巻き込まれてしまっていた私は、彼が私の脚を指して「ちょっといいですか」と言っても、何のことがさっぱり分からなかった。ワタルは不意に私の足元からボールペンを拾うと、「じゃあ、これで」と言った。
「え? それを拾いに来たの?」
「何日も探していたので、見つかってよかったです」
ワタルはなぜか何度もお辞儀しながら出て行った。一体何の話をしていたんだっけ。彼のせいですべて吹き飛んでしまった。
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