運動会

20

 五月十日。西新の運動会は早い。クラスごとに集まって東西南北に分かれた自陣を応援する生徒席に、私とコトの姿は無かった。放送部は、生徒席よりトラックに近いテントに実況席を設けているのだ。

「実況うまいね~、姫」と言うコトは、一言もマイクに喋ってない。こののんびりとした調子で実況されたら、走るのも遅くなりそうだ。お陰で私はずっとマイクに向かって叫んでいる。

「赤がコーナー外側から抜いた! もう一人抜けるか! 頑張れ! 頑張れ! 僅差でゴール! どっち? 勝ったのはどっち? ……え? ほんとに? 結果は赤の逆転勝ち! 赤軍に一〇〇ポイント! すごい! マカナ大好き!」

「マカナーッ!」という私の絶叫に照れ笑いしながら、走り終わったばかりのマカナが放送席に手を振る。私は全力で手を振り返した。


「サキちゃんお疲れ!」と、ハッキン――白金悠富。やたら発言が軽い、放送部の二年生の先輩――が私の前に飴を一つ置いた。そしてそのままスキップしてどこかへ行こうとする。

「ハッキン、あ……」

 実況を代わってもらおうと声をかけたけど、ハッキンは何も聞こえなかったようで、そのまま消えてしまった。大体、ハッキンは朝から全然仕事をしていない。それが彼のいい所でもあるんだけど。

 今放送席にいるのは、彼以外の一、二年の部員四名だけだ。理人先輩は相変わらず機材の一部と化してるし、一年のワタルもその隣で動こうとしない。つまり、理人先輩とワタルがほぼ二人で設営したこのマイクは、私のためにあると言っていい。というわけで、私は朝からマイクを独占していたのだった。


 ハッキンは捕まえそびれたし、自分が出る競技が近付いてきてそわそわしていると、タイミングよく三年のミッキー先輩が現れて実況を替わってくれた。さすがは気の利くお人だ。ミッキー先輩は何をやっても完璧で、そしていつも優しい。先輩の澱みない実況を聞いた私は、自分の実況が拙く思えてしまった。こんなのただの絶叫だ。

「でもコトは姫の実況の方が好きだな~。何と言うか、鬼気迫るものがあるよね」

「それ褒めてんの?」

「もちろんだよ~」

 まぁコトが喜んでくれるならそれでいいか。私も楽しかったし。……でもちょっと悔しい。

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