選挙の演説

37

「聞いてませんでした」という私の悪気の無い返答に怒る気力が削がれたのか、田中はスルーして授業に戻っていった。今度は優子に指名して答えさせている。

「宮原さん、答えは?」

「the betterです」

「正解。綾雲さんもちゃんと聞いててください」

 私のターンはもう終わったと思って油断していたらまた名前を言われて焦った。一回名前を呼んだら、次の指名まで十五分以上は空けるべきだ。

 大体、私が聞いてないことを分かっててわざと当ててくるんだから、質が悪い。注意したいなら最初から「綾雲さん聞いてますか」だけでいいのに、わざわざ「答えは?」と聞いてくるのは意地悪じゃない? しかも、その次に優子に答えさせるのもずるくない? ずるいよ。だって、次の人も聞いてなかったり分からなかったりしたら私の聞いてなさが際立たなくなるから、わざと出来る子に当てたんでしょ? 私と対比させるために。そんな小賢しいことしてるから田中は嫌いだ。


 つい熱くなっちゃったけど、演説の内容を考えなければ。

 優子は「まずマニュフェストを考えないと」とか言ってたっけ。「当選したらこれやりますっていう約束みたいなもの」を決めればいいらしい。優子の案は「活動の透明化」だ。でも、透明化して何が見えるようになるの? そもそも生徒会って何をやるところなの? それを分かってない私みたいなのがいるから「透明化」が必要なんだろうけど、今の私にそれを説明する能力はない。

 私は隣のコトにそっと聞いてみる。

「一人の生徒として、生徒会には何してほしい?」

「翼が欲しい」

 おっと。これは予想外の返答。コトのノートには「I wish I were a bird.」という例文が書いてあった。残念ながらそれはもう終わった考査の範囲だ。


 もっと好きにできるような、自由にやりたいことができる場所。私はきっとそれを求めてる。自由が欲しいんだ。そして、私と同じような気持ちの人は他にもいるはずだ。だとしたら、マニュフェストもそれでいいのかもしれない。

「学校に自由を――」

 これを選挙のスローガンにしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る