選挙の演説
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「聞いてませんでした」という私の悪気の無い返答に怒る気力が削がれたのか、田中はスルーして授業に戻っていった。今度は優子に指名して答えさせている。
「宮原さん、答えは?」
「the betterです」
「正解。綾雲さんもちゃんと聞いててください」
私のターンはもう終わったと思って油断していたらまた名前を言われて焦った。一回名前を呼んだら、次の指名まで十五分以上は空けるべきだ。
大体、私が聞いてないことを分かっててわざと当ててくるんだから、質が悪い。注意したいなら最初から「綾雲さん聞いてますか」だけでいいのに、わざわざ「答えは?」と聞いてくるのは意地悪じゃない? しかも、その次に優子に答えさせるのもずるくない? ずるいよ。だって、次の人も聞いてなかったり分からなかったりしたら私の聞いてなさが際立たなくなるから、わざと出来る子に当てたんでしょ? 私と対比させるために。そんな小賢しいことしてるから田中は嫌いだ。
つい熱くなっちゃったけど、演説の内容を考えなければ。
優子は「まずマニュフェストを考えないと」とか言ってたっけ。「当選したらこれやりますっていう約束みたいなもの」を決めればいいらしい。優子の案は「活動の透明化」だ。でも、透明化して何が見えるようになるの? そもそも生徒会って何をやるところなの? それを分かってない私みたいなのがいるから「透明化」が必要なんだろうけど、今の私にそれを説明する能力はない。
私は隣のコトにそっと聞いてみる。
「一人の生徒として、生徒会には何してほしい?」
「翼が欲しい」
おっと。これは予想外の返答。コトのノートには「I wish I were a bird.」という例文が書いてあった。残念ながらそれはもう終わった考査の範囲だ。
もっと好きにできるような、自由にやりたいことができる場所。私はきっとそれを求めてる。自由が欲しいんだ。そして、私と同じような気持ちの人は他にもいるはずだ。だとしたら、マニュフェストもそれでいいのかもしれない。
「学校に自由を――」
これを選挙のスローガンにしよう。
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