22

「乾杯!」

 各々のグラスがガチャガチャと音を立てる。勝っても負けてもクラスの打ち上げはあるものだ。グラスの中身はファミレスのドリンクバーだけど。

アカリが「麻佳奈ちゃん大活躍だったね!」とねぎらうと、あちこちから賛同の声が上がった。マカナは圧倒的な足の速さだった。それからアカリは、「咲姫ちゃんもすごかったね!」と言って眩しい笑顔でこちらを見た。

「サキ名実況だったよ!」とマカナは言ってくれたが、コトはその横で「姫はすっかり有名人だもんね~」と、にやつく。私は期せずして全校生徒が知る有名人になってしまったのだ。


 最終盤の借り物競争で、宮原優子――いつも何かを読んでいる、同じクラスの大人しい女子で、勉強ができる――が放送席に飛び込んで来るや、私の手を引いてゴールした。私が「ゴール地点から見える物の漢字が名前に含まれている人」だったからだそうだ。何というお題か。

 確かに綾雲咲姫には「雲」が含まれている。永岡麻佳奈や神田朱里ではダメだ。藤原渉もダメ? 紫藤琴葉はクリアだけど、優子は私を選んだ。こうして私の名前は全校に知られることになった。


 それで油断していたら、今度は三年生の最終組で登場したミッキー先輩まで、私を借りてゴールした。放送席がゴールに近いということはあるにしても、まさか二回も借りられるなんて。お名前が知れ渡っている私は、「身長が一六〇センチぴったりの人」がどうかを確かめるために、今度は身長を測らされたのだ。

 ゴールにいた体育委員の司会者が「どうしてぴったりって分かったんですか? 知ってたんですか?」と聞くと、先輩は「先月の健康診断の後に、放送室で『身長伸びた! 一六〇乗った!』と喜んでいたのを覚えていたので」と、ガッツポーズの身振り交じりに答えた。そんなこと暴露しなくても、と思うけど、憎めないお茶目な笑顔だ。私は手を振って生徒席の歓声に応えた。


 コトはジュースを置くと、「それが青軍の得点になって優勝をプレゼントしちゃったんだもんね~」と、またニヤニヤする。

 放送席のマイクで絶叫していたのが身長一六〇センチの綾雲咲姫だと、大体的に宣伝された。そして私は有名人になった。そのこと自体は別にいいとして、そのせいで優勝を逃したことに気付かずに得意気に手を振っていたなんて、なんてバカっぽいんだろう。それだけが心残りな運動会だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る