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 三時二十九分。会議室Aと書かれたドアをノックする。付け入る隙を与えてはいけないと、時間ちょうどに来た。飲みさしのペットボトルは鞄にしまう。「どうぞ」と聞こえて中に入ると、教室より少し狭い部屋だった。カーテンが閉められ、空気がひんやりしている。左に金子、右に八木、そして正面奥には知らないおじさんが座っていた。

「そこに座りなさい」

 八木が妙に神妙に言うのが可笑しかった。そして正面の知らないおじさんが偉そうに咳払いをして喋り始める。

「私は則本といいます。ではまず、あなたのクラスと名前を言ってください。間違いがあるといけないので」

 間違い? 八木も金子もいるのに何をどう間違えるの? こいつはバカじゃないかと思ったが、大人な私は大人しく「A組、綾雲咲姫」と答えた。

「ではまずは事実確認をします」と退屈な時間が続き、私はただ「はい」「そうです」と繰り返した。それから則本は「分かりました」と言って、見ていたメモを置いた。


「本校の規則として、髪を染めてはいけないことは知っていますね」

「はい」

「そのつけ毛は、髪を染めているように見えます。つまり、つけ毛なのか染めたのか見分けがつきません。ですからつけ毛も、染髪と同じように校内では禁止とします」

「見分けられます。近くで見てください。ほら」

「それでは駄目です。近くからなら見分けられるとしても、例えば四十人の髪を毎度近くでチェックするのは現実的ではありません。また、つけ毛があなただけだからといって、一人を特別扱いして個別にチェックすることも出来ません。ですから、この距離で見分けられない以上は、禁止です」

 則本は金子とは違う。冷静に理詰めで攻めてくるタイプだ。なんかすごくムカつくけど、手強いことは認めなければならない。

「じゃあ今度からは赤いリボンにします。その距離でもリボンと髪の毛は見分けられますよね」

 これが私のせめてもの抵抗だった。しかし、則本は追及の手を緩めない。

「念のため伝えておきますが、体育の授業中は全てのアクセサリー類は外しておきなさい。必要ありません。学校は学びの場ですから、それと関係ないものは全て相応しくありません」

 この議論を続けても面倒な制約が増える一方だ。そう思った私は論点を変えることにした。

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