第2話 天空の家のラウニ

  人生において無駄な時間とは、実際のところ

 いったいどれほど無駄なのだろうか。無駄の

 全くない人生を人は送ったとき、果たして

 幸せになれるのであろうか。

 

 ディサは、自分でそれを試したいとは思わな

 かった。自分が好む無駄、好まない無駄に

 関わらず、納得がいけば受け入れる、そして、

 それが自分を形作ると信じていた。

 

 納得さえしていれば、なんだっていいのだ。

 

  けっきょく、いつものごとく、古い動画

 を見たり、けん玉をしたり、コマを回したり

 しているうちに夕方近くなった。

 

 街に降りてタピオを散歩させることにした。

 家を近くのマウントポイントまで向かわせる。

 ダージリンという小さな村だ。

 

 マウントポイントに設置して、タピオとともに

 家から降りる。ウッコはそのまま部屋で

 遊ばせておくことにした。

 

 6月の夕方、標高二千メートルは少し寒い。

 薄手のジャケットに腕を通し、タピオと共に

 南の郊外のほうへ歩く。ダージリンは、

 ヒマラヤ山脈の麓、谷合の村だ。

 

 左右山に挟まれた寂しい山道を20分ほど歩き、

 また折り返す。村へ戻ってきたら、家には

 戻らずそのまま近くの食堂へ行く。

 この村唯一の食堂、インドラだ。

 

 この村のマウントポイントを使うときは

 だいたいここで食事をする。香辛料を使った

 スープに野菜とチキン、パンを漬けて食べる。

 このパンの名前を忘れたが、何だったろうか。

 

 タピオにもペット用茹でチキンを注文する。

 

 この食堂は、あまり繁盛しているようには

 見えないが、味もそれほど悪くはなく、

 マウントポイントもあるので、それなりに

 客は入るようだ。

 

 そして、家に帰ってゆっくりお風呂に浸かる。

 ディサは、ムー人の末裔なので、風呂には

 しっかりとお湯を張って、ゆっくり入る。

 

 そして、タピオとウッコもお風呂が好きだ。

 グレートピレニーズでもタピオはかなり

 泳ぎが得意なほうだろう。

 

 チンチラの中でもウッコはホワイトチンチラと

 呼ばれる品種で、ここ数万年で品種改良された

 ものだ。本来チンチラは乾いた環境を好み、

 お風呂も砂風呂だが、品種改良のものは

 どんどん水に入っていって泳ぐ。

 

 そしてペットにも使える乾燥室で一気に

 乾かす。今日は早く寝て、明日は早く起きる。

 紙の漫画雑誌を読みながら、ゴロゴロする。

 

  気づいたら朝だった。ディサにとって、

 朝6時起床は早起きに分類される。タピオを

 連れて昨日と同じコースを散歩する。

 

 帰ってくると、家が、ディサはラウニと名付け

 ているが、朝日に白く輝いていた。マウント

 ポイントの階段を上がって家の扉を開け、

 中に入る。

 

 ふだん地上にいるときは、エアロックではない

 扉を使用する。この扉は、宇宙に上がった際は

 当然使用しない。外から、ディサは雨戸と

 呼んでいるが、外部装甲に覆ってしまう。

 

 ラウニの全長は25メートル、幅10メートル、

 高さ5メートル。ダージリン村のマウント

 ポイントは、鉄骨のフレームだけで、そこに

 水平に設置できる。

 

 表面は白色で、ざらついているのは硬化苔が

 ほぼ全面を覆っているからだ。底面近くは

 薄いグレー色。重さは、荷物の量にもよるが、

 100トンを切る。

 

 かなり軽量化されているが、通常の使用方法の

 時の強度も充分だ。もちろん、兵器として使う

 には装甲が薄すぎる。ふつうの家だ。

 

 高さ5メートルあるうちの、上下1メートル

 づつの部分は、動力部や倉庫、各機能設備など

 が入っている。

 

 動力は反重力エンジンが16基、信頼性向上の

 ために多重化されており、ふだは1基で充分だ。

 これは重力下での浮力を得るためで、移動

 に使う推進力には主に電磁波エンジンを使う。

 

 エネルギー源は複数使用できるが、主に太陽光、

 降下や強風の際の風力発電、小さな水力発電

 ユニットもあるし、ガソリンや灯油からも

 エネルギーが取り出せる設備がある。

 

 軽い分、浮遊移動中の強風には弱いので、

 移動の場合は天候を気にする。天候予測が基本

 的に外れることがないので、よっぽど好きでも

 無い限り、嵐に突っ込むことはない。

 

  間取りは、リビング、ダイニング、キッチン、

 寝室、トレーニングルーム、仕事部屋、書斎、

 ペットの部屋、バスルーム、天井がオープン

 できるテラス、クローゼット、エアロック

 ルームなどだ。

 

 広さは、だいたい合計160平方メートル。

 一人で済むには充分な大きさだ。地上監視員

 であるディサに、安価で貸し出されている。

 平屋の賃貸物件だ。

 

 この移動住居ラウニには一応前後の概念があり、

 リビング側に操縦席らしきものもあるが、

 ディサはほとんどマニュアル運転を行わない。

 

 単体で大気圏突入と離脱が可能であるが、

 エネルギー効率が悪いので、ふつうは宇宙

 エレベーターにマウントされて、降りたり

 宇宙へ昇ったりする。

 

 地上監視団体の本部が月近くにあることも

 あり、月近くの出身の者が採用される場合が

 多い。ディサもそうだ。

 

 そして、管轄する地域が太平洋からユーラシア

 大陸にかけてなので、いつも海上都市ムーを

 使用して降りてくる。

 

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