第14話 湯の国

  苔学会は、地球上だけでなく、月や

 他の惑星近辺でも行われる。しかし、参加は

 任意だ。今回ヤマト州の学会に参加したのは、

 別の目的もあったからだ。

 

「おーい」

 

 来た来た。キタの鉄道駅前で、ボム・オグム

 と待ち合わせしていたのだ。まず二人で

 お土産屋に寄る。

 

 そして、モノレールを使って近くの港に出る。

 そこに、移動住居ラウニが待っていた。

 海路を、トヨゴという街まで飛んでいく。

 

 この海路は、島に囲まれた内海であるため、

 非常に穏やかだ。ラウニは、海面スレスレを

 滑るように飛んでいく。

 

 船舶を追い越すとき、移動住居が珍しいのか、

 何人かが甲板に出てきて眺めている。大きな

 橋の下を通過する。

 

 リビングで、ボムと一緒に、キタの駅前で

 購入した紙の雑誌を眺める。旅行情報誌だ。

 これから行く目的地のことが書いてある。

 

  トヨゴは、温泉で有名な町だ。そして、

 月の第3エリアとも関係がある。第3エリア

 で最も人口をかかえるユノ州は、このトヨゴ

 の出身者が中心になって創建したという話が

 ある。

 

 ディサやボムの実家近くにも小さな温泉

 施設があり、二人ともよくそこを利用した。

 

 トヨゴには、大小の温泉宿や、日帰り温泉

 施設があるが、二人がこれから向かうのは、

 巨大な総合温泉施設だ。

 

 海沿いにあり、観光客向けに巨大な駐家場

 も備える。そこに2泊する予定だ。そこを

 非常に安い値段で宿泊できるのは、

 地上監視本部から保養所指定されている

 からだ。

 

 しかも、自分ともう一人まで割引が効く。

 過酷な現地での探査を継続するための、

 福利厚生の一環だった。

 

  施設に到着したので、家を停めて、

 まずは町へ繰り出す。いい時間だったので、

 スシという食べ物の専門店へ行く。

 

 月の第3エリアでも、スシ店はあるし、

 駅前のスーパーなどでも売っている。しかし、

 本場のものは味が違うという。

 

 宇宙の海洋ユニットで獲れる魚のスシでも、

 ディサはそんなに嫌いではなかった。

 

 ボムは、店に入って、回転していないか

 どうかをきちんと確認する必要があると、

 何度も念を押す。第3エリアには、回転する

 タイプしかないのだ。

 

 回転していないスシ店が初めてなディサは、

 少し戸惑いもあったが、店に入ると、

 つまりふつうのレストラン形式だと

 いうことで納得した。

 

 そして、思い切って特上というのを頼んで

 みる。

 

  少し太目のひとは、何か好きなものを

 食べるときの、何かしら拘りがある、

 といつもディサは思う。

 

 ボムは、チョップスティックを使わずに

 食べるのが本来だ、という。ソイ

 ソースをあまり小皿に入れすぎるなという。

 

 ゴハンの側をソイソースに漬けるなという。

 対象をいったん横に向けて、ネタと呼ばれる

 アップサイド側をソースに漬けるのだ。

 つまりアップサイドダウンだ。

 

 そして、確かに旨い。その、細かい拘りを

 まったく気にしなくても、おそらく旨い。

 

 この香辛料も、いい感じなのだ。ディサの

 ひとつ上の兄などは、この香辛料を抜いたもの

 を食べる。子どもの食べ方だ。

 

 一度に2個づつが供給される。最後にカニ、

 そしてフグという魚を乗せたものが出て、

 二人とも大満足だ。ディサは、どちらかと

 いうと、貝の種類を乗せたものが好きだと

 感じた。

 

  温泉施設へ戻る。館内では、衣装を着る。

 サムイ、ジンベイ、ユカタとあるが、

 実のところディサはその違いをまだ理解して

 いない。

 

 温泉は大きく3種類に分かれており、

 着衣の男女共有のもの、男女別れた非着衣

 のものだ。初日は、水着で温泉に入る。

 翌日は非着衣のところを試す予定だ。

 

 水着で入るエリアは、温泉施設というより、

 どちらかというと水泳施設に近い。監視員

 もいて、飛び込みは禁止だ。

 

 だが、いろんな大小の湯桶があり、色も

 さまざまだ。それぞれ効能があるようで、

 ボムは疲労回復系を全て試すと言って

 行ってしまった。

 

 寝転がって入るタイプの泡ぶろに入る。

 足裏が気持ちいい。しばらくそのままで

 いると、危うく寝そうになった。

 

 次に電気風呂というのを試す。これも意外と

 気持ちいい。そして、なかなか空かない。

 4つ槽があるのだが、年配の方々に常に

 占領されて空かないのだ。さきほどは

 一瞬の隙をついて入れた。

 

 サウナは、第3エリアの近所の温泉にも

 あるのだが、そのサイズと、種類が違う。

 ドライタイプとスチームタイプ、それぞれ

 が低温、中温、高温と用意されている。

 

  さんざん楽しんだ挙句、気づいたら

 2時間が経過していた。ボムと合流して次は

 施設内の球技場へ向かう。温泉後にテーブル

 テニスと呼ばれる球技をプレイすると、

 温泉の効果が増加するらしい。

 

 翌日はアカスリやエステも満喫した二人は、

 少なくとも年に1回はここに来よう、

 と決めてこの施設を後にするのだった。

 

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