第8話 祈りと告解

  夕日の沈む水平線、この雄大な景色を

 前にして、この景色のことを語らず、

 他の話題を話せる者はいるのだろうか。

 

「これ、特上カルビでしょ、で、これ

 フィレミニヨン」

「親が送ってくれたの?」

「うん」

「あとこれマツタケ」

 

 夕日のほうもたまにチラチラ見つつも、

 彼らの視線の9割は食材に向いていた。

 炭と網もほどよく温まってきた。

 

 焼きはじめると、もう夕日に視線が移る

 ことはなくなった。

 

「焼くときに、こう、肉汁がちょっと出る

 ぐらいで止めて、焼き過ぎない」

「あ、ほんとだ、確かに旨いかも」

「タレもいいねこれ」

「うん、辛味噌」

 

 そこからしばらくの間、二人とも喋らない。

 

 二人でかなりの量を食べたあげく、今日は

 腹八分ぐらいで止めておこう、という

 話になった。

 

  数か月前のことだ。

 ディサ・フレッドマンは、ヨーロッパと

 呼ばれる地域にいた。ギリシャ正教の教会の

 中だ。

 

 この教会の、まず変わっているところは、

 数百メートルある巨岩の上に建てられている

 ことだ。建て替えももちろん行われているが、

 教会自体は宇宙世紀前から存在する。

 

 もうひとつ変わっているのは、観光客が、

 祈りの体験を出来ることだ。祈る場所が、

 少し変わっている。

 

 教会の中に10メートルほどの塔があり、

 その上で祈りを捧げる。

 

 教会の入り口で、体験の申し込みをして

 いると、ちょうどそれを終えた太った

 おばさんが、興奮気味で出てきた。

 

 あなたも、祈りを体験するの、これはとても

 神聖で素晴らしい体験になるわよ、神が

 直接私に語り掛けてきたわ、必ずもう一度

 くるわ、などといったことを話していた

 ようだ。

 

 塔の階段を登っていくと、その屋上に出る。

 そこからは、レンガ造りにコの字型の鉄を

 打ち込んである。

 

 それを3メートルほど登ると、そこからは、

 2メートルほどだが、木の柱しかない。

 それを足で挟みながらよじ登っていくと、

 突端に30センチ四方の木の板があり、

 そこに立って祈りを捧げる。

 

 これがけっこうな高さであり、念のための

 無重力ジャケットを着ていても少し恐い。

 さきほどの、太った女性はここを本当に

 自力で登ったのだろうか。

 

 それこそ神の奇跡ではないだろうか、などと

 思いながら、バランスをとるが、風が強く

 なってきたのか、けっこうつらい。

 

 下から係のひとが何か大声で言っている。

 そうだ。この板の真ん中のリングを引っ張れば、

 バーが出てくる。腰の高さあたりのその

 バーをつかんでいれば、強風でも大丈夫だ。

 

 さきほどから雲行きが怪しかったが、その

 バーを引き出したあたりから、本格的に

 降り出した。雷雨だ。

 

 自分より離れた高い位置に、避雷針らしきもの

 もある。このジャケットは、対ショック

 耐性がある。しかし、試すつもりはない。

 

 係のひとが言ってくれれば、いつでも喜んで

 降りるつもりでいたが、元々確保された

 10分の時間を、最後まで与えてくれる

 ようだ。

 

  正直に告解しよう。

 この教会の、宗教のことをあまりよく理解して

 いない。たしか、キリスト教という宗教の、

 いち宗派のはずだ。

 

 たしか、一神教だったはずだ。きちんと理解

 したところで、自分が崇める800万の

 神々に、ひとつ足されて、800万と1に

 なるだけだ。

 

 そういった気持ちが伝わったのか、風雨は

 ますます強くなり、雷の音の間隔と、

 距離が近くなる。

 

 こういう場合、何と祈るのが最適なのか、

 前もって調べてこなかったので、いったん、

 南無阿弥陀仏と祈っておく。

 

 数々の間違いを重ねながらも、ディサ・

 フレッドマンが雷に撃たれることは

 なかった。時間が過ぎて、係員が早く降りて

 来いと告げる。

 

  その話をボム・オグムにすると、面白がって

 くれはしたが、実際やってみたい感じでは

 ないらしい。

 

 高山の中腹でコタツに入る話は少し興味

 を引いたようだ。しかし、おそらくこの次に

 実現しそうなのは、キョクトウの温泉だろう。

 

「ディサさあ、この仕事、一生続ければいいと

 思う」

「一生はどうだろうね」

「一緒に廻れるひとと結婚すればいいんじゃ

 ない?」

「いるかな?」

「いるよ、ほら、駅前の美容院の子」

「えーないない、旅行好きなの知ってるけど、

 あれはないな」

 

 外は雨が降って来たので、リビングにいる。

 タピオは横で話を聞いていて、ウッコは

 ケージで回し車をやっているのだろう、

 カタカタと音がする。

 

 こういった南の島で降る雨を、ディサは

 好きだった。晴れた空も好きだが、雨の日

 も好きなのだ。

 

 いつも大事なところで雨が降るので、

 雨将軍、などと呼ばれていた時期もあったのを

 思い出した。

 

 歴史の先生などは、大事な場面で雨が降る

 のは、野戦の将ならばとても有用な能力

 なのだ、とディサをフォローしてくれた。

 

 野戦の将になる機会が今後あるのかどうか

 わからなかったが、雨を降らせる能力なんて

 ものがあるのなら、それは捨てたくないな、

 そう思うディサだった。

 

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