第26話 分身の術

  盗賊集団岩狼旅団の動きがあった。

 すでに5名ほどが、廃砦に入っていたが、

 本体側も動きそうなのだ。

 

 おそらく二日ほどで、岩狼旅団本体が廃砦

 に入る。なので、我々も翌朝出発する。

 初日は特に問題無かったが、二日目は雨だ。

 

 いつも思うのだが、どれだけ対人や対怪物

 相手の戦闘が得意でも、旅が苦手であれば

 冒険者にはならないほうがいい。

 

 おそらく軍隊も同じだ。旅が苦手なら、

 町の守備隊などにしておいたほうがよい。

 移動も、冒険者の戦闘でも、軍隊の戦場

 でも、足が止まれば終わりだ。

 

 馬車などの乗り物による移動が、奇襲に

 弱いということもあるが、足腰を鍛える

 意味もある。徒歩での移動は、いろいろと

 いいことずくめなのだ。

 

 といったことを頭でわかっていても、

 実際に徒歩で移動している間はやはり辛い。

 一日でだいたい8時間ほど歩くが、ただ

 歩いているだけではそれほどでもない。

 

 ひとつの理由は、間違いなく荷物だ。

 旅団の駄載獣である二頭のヤクは、最大

 200キロの荷物を担ぐ。今回は日程も

 あるので、最大積載量だ。

 

 それに加えて、個々の荷物が、体格や体力に

 合わせて、20キロから40キロとなる。

 ふだんであれば、全員が担ぐのだが、今回は

 例外が多い。

 

 まずホビット族の双子。周囲を警戒するため

 に、最低限の荷物で、散開している。

 そして、アンデット族のパリザダ・

 ルルーシュ。

 

 今回は、補給士のガンソク・ソンウの馬の

 上で、探査ドローンのシキガミを操作して

 周囲をモニターしている。

 

 

 「ここを、キャンプ地とする!」

 到着して、オリガ・ダンが、宣言する。

 

 三日目の夕方ごろに、宿営地は、街道から

 見えない位置、洋館を見下ろせる丘の近く。

 湧き水が利用できる場所。

 

 ニコリッチ商会の事前調査で、宿営でき

 そうな場所が数か所見つかっていた。

 宿営できる場所の条件は色々あるが、特に

 重要なのは、水だ。

 

 基本的に飲料水は持ち込む。問題は、生活に

 使用する水だ。一週間や二週間、そういった

 ものを我慢する、風呂も入らない、という

 旅団もある。

 

 しかし、玄想旅団は、ミッション当日の

 モチベーションや集中力を重視する。そこに

 到達するまでの部分で、なるべく快適さを

 追求する。そして、結果を出す。

 

 ミッションを成功させたい、とうよりも、

 負傷や命を落とすことを避けたい。それに

 よる評判の低下を避けたい。

 

 どれだけ難易度の高いミッションをこなして

 いても、旅団員が毎年何人も亡くなる、その

 ような状況は目ざしてはいないのだ。

 

 安全第一、という言い方があるが、おそらく、

 冒険時の安全基準でいうと、並みの企業、

 ニコリッチ商会も含め、玄想旅団のほうが

 勝っているぐらいだ。

 

  宿営地に着いたら、まずは情報収集だ。

 まだ決行日が決まっていないが、当日の動き

 も打ち合わせていく。

 

 すでに入ってきている情報もある。まず、

 イゾルデ王国の正規軍400名が、廃砦に

 向かっている。軍事演習の名目だ。

 

 ここから一番近い集落、オップダールの初老

 の男性一名が、料理人として洋館に雇われた

 との情報も入っている。

 

 洋館には、護衛と見られる人間の兵士が、

 少なくとも6名、種族は、ドワーフ族と

 ジャイアント族。人間族の狙撃手が1名、

 軍事用アンドロイド一体。

 

 そして、護衛用のスケルトン兵士を入れた

 木箱が、かなりの数運び込まれたようだ。

 

 イゾルデ王国正規軍が、廃砦を包囲する三日

 後の明け方に、我々も行動を開始する。

 パリザダ・ルルーシュの探査ドローン、シキ

 ガミによる洋館周囲の探索も継続されていた。

 

 ガンソク・ソンウも、毎日補給を行う。

 ニコリッチ商会の補給担当は、オップダール

 から20キロの位置に補給ポイントを

 作っていた。

 

 

  それは、決行の日の二日前の、まだ暗い

 明け方前、オップダール方面へ向かう街道を、

 洋館から出た一頭の馬、ひとりの男性が乗る。

 

 その数百メートル先を、一人の若い女性の

 旅行者が歩いていた。洋館の近くである、

 男性は馬から降り、呼び止めて誰何しようと

 した。

 

「待て、ここで何をしている」

 

 しかし、女性は立ち止まらない。よく見ると

 ヘッドフォンをして、何か聞いているようだ。

 走り寄って、肩を触ろうとする。

 

「待て、止まれ」

 不意に真後ろから女性の声、そして、首の

 後ろあたりに何か当たる感触。

 

「振り返るな、声を出すな」

「このナイフには途中から即効性の毒が塗って

 ある。余計なことは考えるな」

 ひどく抑揚のない女性の声が、そう告げる。

 

「前の女に持っている武器を全て渡せ」

 言われたとおりにする。

 

「街道を2キロ先にいった場所にいる者の

 指示に従え、そこまでは歩いて行け」

 気づくと、話していたのは前にいる女性だ。

 男は少し混乱する。

 

「お前の家族の安全は確保した。余計なことは

 考えず、振り返らずにただ歩け」

 歩き出す。前にいた旅行者風の女性は、おそ

 らく男の乗ってきた馬を回収しにいった

 のだろう。後ろに消える。

 

 歩き出したが、後ろからさっきの女性が

 ついてきているのかわからない。足音が

 しない。思わず振り返ろうとすると、

 

「振り返るな、考えるな、歩け」

 

 足音を立てないことが男にはわかった。

 言われたとおり、2キロ先まで歩くことに

 する。後ろの女性の姿はわからないが、

 

 さきほどの前にいた女性の、まったく

 感情の無い目、顔。なんの躊躇もないタイプ

 の人間たちであることは間違いなかった。

 

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