第59話 恐怖の屋敷

  吾輩は、猫の名探偵である。

 名前はアンニョロ・マジストレッティ。

 

 今日も事件のために、その大きな屋敷を訪れ

 ている。外は雨。傘は差さないが、帽子と

 外套で問題ない。

 

 玄関を入ると、吹き抜けの天井から数体の

 人形が首に紐を付けられてぶら下がっている。

 思わずニョッとする。

 

 食堂まで来るように言われているので、

 その道筋を観察しながら進む。巨大な蜘蛛の

 巣が至るところに張ってある。中はどこも

 薄暗い。

 

 廊下の鹿の壁掛けがケケケと笑ったような

 気がした。食堂に着く。

 

 そこには4人掛けの、この屋敷の造りにして

 は小さなテーブルがあり、3人が椅子に腰

 かけている。

 

 この家の主人、レンツォ・タリアピエトラ、

 妻のドナータ・タリアピエトラ、中年、

 小太りで薄毛のダルダーノ・ザンペリーニ。

 

 依頼主の彼らは夕食中であったが、一緒に

 いただくとする。赤ワインとパン、チーズ

 に、トマトとナスのビーフシチューだ。

 

「ところで、客人が居なくなったと伺いました

 が」

 

「そうなんですのよ」タリアピエトラ夫人が

 答える。しかし、外に出てはいないらしい。

 

「では家の中の捜索に入る前に、夕食を摂り

 ながら、お三方のお話を伺ってみましょう。

 まずはご主人から」

 

 そう促されて、タリアピエトラの背後から

 モクモクと巨大な死神のような姿が現れ、

 それが語りだす。氏も何か語っているようだ

 が、死神の声で聴こえない。口の動きから、

 同じ内容の様だ。

 

  私は、国務省に勤めている。この国は、

 現在他の大国の軍隊が駐留している。その

 軍隊のトップと会議を行い、非公開の条約

 を結ぶこと、それが私の仕事だ。

 

 我が国は、数年前に戦争に負け、しばらくの

 間戦勝国が駐留することとなった。その後、

 一応独立した形になってはいるが、実際の

 ところまだ駐留軍が権力を握っている。

 

 我が国には憲法があるが、その憲法も、

 駐留軍と我々国務省との間で作った非公開

 条約の前では無意味だ。

 

 実際、駐留軍が何か事件を起こしても、この

 国の法律で裁くことはできない。非公開条約

 のほうが優先されるからだ。

 

 だから、この国では政治家は何の権力も

 持たない。権力は我々国務省がもっている。

 気に入らない政治家は、必ずマスコミなどを

 使って失脚させる。

 

 最近そのことについて、客人から、非公開

 の内容を公開して世の中の人々に知らせる

 べきだとの意見をもらった。そんなことを

 したら、我々が権力を失うではないか。

 

「なるほど。では、次に奥様のお話を

 伺いましょう」

 

  タリアピエトラ夫人の背後から、モクモク

 と巨大な女性の夢魔が現れ、話し出す。

 

 わたくしは、時々選挙の時などに、選挙管理

 委員をやっておりますのよ。票の集計なども

 行っていますわ。

 

 ええ、集計にはそれ用の機械と、カウント

 するためのプログラムがありますわ。

 もちろん、選挙ごとに毎回プログラムの

 パラメータをいじりますわよ。

 

 そりゃどこだって、まともな選挙なんてこの

 国のどこだってやっておりませんことよ。

 政治家だって労働組合だってそうでしょう。

 

 ええ、まともな選挙などしてしまうと、まと

 もな政治家が当選してしまうでしょう、そう

 なると、失うものがたくさんあるのではない

 かしら。

 

 そりゃあ、国民は得るものがあるかもしれ

 ませんけれど、我々が失うでしょう。まあ、

 多少は当選させてあげてますけど、オホホホ。

 

 そうねえ、客人は、あまりそういう状況を

 好ましく思っておられなかったようですわ。

 全く困ったお人で。

 

「なるほど、では、ザンペリーニさん、

 お話をしていただけますか」

 

  ザンペリーニが驚いたようなオドオドした

 ような仕草をするが、すぐ背後にモクモクと

 巨大な人物が現れ話し出す。フォーマルな

 衣装、端正な顔立ち、どこにも隙の無い、

 完璧な立ち居振る舞い。

 

 私は、ネットワーク上では英雄として扱われ

 ています。主に、他の民族に対する差別的な

 発言を様々なネットワーク上の場所に書き

 込んでいます。

 

 ええ、この年齢まで仕事にも付かず、結婚も

 していません。でも、私はこの国の英雄なの

 です。

 

 先日私の両親がついに亡くなりました。

 それで、タリアピエトラ夫妻に、私が本当

 の娘です、と訴えました。つまり、本当の

 娘の生まれ変わりが私であり、輪廻転生を

 失敗してこの姿になった、と伝えたのです。

 

 夫妻には、一人娘がいましたが、それは、

 全然赤の他人が輪廻転生をしたもので、

 完全に他人である、とも伝えました。

 

「なるほど、よくわかりましたありがとう

 ございます」

 

「そうするとタリアピエトラご夫妻、この

 ザンペリーニ氏があなた方の娘という

 ことでしょうか」

 

「はい、間違いありません」

 夫妻が答える。 

 

 その根拠となるものは、と尋ねようとすると、

「この方がそう言っているので間違いあり

 ません」とすかさず答える。

 

  猫探偵のマジストレッティは、ダイニング

 の隅に一辺が1メートル半ほどある立方体の

 箱が置いてあるのに気づく。

 

「この箱は何でしょう、中を確認しても

 よろしいでしょうか?」

「ええ、それはシュレーディンガーの箱ですわ、

 どうぞお開けになって」

 

 箱を開けると、中に若い女性が眠ったような

 姿。脈を確認しようとすると、手に手帳の

 ようなものがあったので、中をさらっと確認

 して、それをポケットにスッと入れる。

 

 最後のページに、この国を変えるには、愚か

 な政治家をうまく使うしかない、という

 ようなことと、どこかの連絡先が書かれて

 いた。

 

「なるほど、この方が客人ですね?」

 

 家の外に、車が何台か到着し、騒がしくなる。

 

「あなたが開けたシュレーディンガーの箱は、

 ある量子状態に反応して毒が噴射される仕組

 み、中の人物が生きている状態と、死んで

 いる状態が併存する」

 

「箱を開けて量子状態を確定させたあなたが

 殺したことになるわ」 

 

「君も英雄となって罪を償いなさい」

 

 死神と夢魔と完璧な人物が一度に話し出す。

 そして、入って来た警察に猫探偵が逮捕

 された。

 

 

  数か月後、私は刑務所の中にいた。

 今、面会で人と話している。あのメモの

 内容を元に、指示を出している。

 

 もうじき、世の中が変わる。

 

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