第42話 最下層にいるもの

  そういう場所には、きちんと施錠すべき

 ではないか、そういう思いがコンマ何秒か

 のうちに浮かんだが、

 

 そういう場所には、きちんと標識を立てて、

 危険であることを知らせるべき、そういう

 思いがコンマ何秒かの間に通り過ぎたが、

 

 しかし、よく思い出すと、これまでの階層

 ボスのブロックに、施錠も無かったし、

 標識も無かった。律儀にルールを守っている

 のは向こうのほうだ。

 

 回避行動を取りながら転がって距離を取る。

 そして盾を構えて中腰になりながら、

 どこか傷んでいないか意識で確認する。

 

 少し離れた位置にいたアントン・カントール

 が素晴らしい速さで駆け付ける。スヴェンも

 来た。相手グループも扉から出て、すぐ

 攻撃の体勢に入る。

 

 こちらは12名、全員で戦える体勢だ。

 ガンソクがオリガ・ダンの指示を受けて、

 百足旅団を呼びに駆け出す。遠くには

 行っていないはずだ。

 

 相手は、前衛戦士が6名、最後のボスにして

 は貧相な感じが逆にやばさを臭わせる。

 若い男性と若い女性の魔法士らしき衣装、

 そして、太った中年の治癒士か。

 

  シャマーラの生成する火球が最大サイズに

 達したその時、

 

「ちょっと待った!」

 

 その若い男性の魔法士だ。

 

「玄想旅団だな?だよな?」

 おれがうなずく。

 

「おれは、イゾルデ王国のスパイだ!」

 と言って相手グループから距離をとり、

 対峙する構えを見せた。残ったラストボス

 のメンバーは、呆気に取られている。

 シャマーラは火球の投射を保留している。

 

 すると、

 

「ちょっと待って!」

 その若い女性の魔法士だ。

 

「私は、ヤースケライネン教国のスパイよ!」

 

「えっと……、つまり?」

 

 ラストボスメンバーと玄想旅団の両方が

 困惑しているのを見て、その女性魔法士は、

「つまりあなたたちの味方よ!」

 

 と言って玄想旅団側を指し、ラストボス

 グループと距離を取り、対峙する。

 

 ラストボスの面々は、武器を下に置いた。

 

 

  二人のスパイから事情を聴く。宿営地

 の旅団にも映像で共有する。まず、この

 男女は、お互いがスパイだとは気づいて

 いなかったようだ。

 

 男性は、ダミアン・パーラー、女性は、

 ジネブラ・マキンとそれぞれ名乗った。

 人は、スパイの任務を完了して、真実を

 語れるようになったとき、饒舌になる

 ようだ。

 

「どこから話そうかしら」

 ジネブラが、ダミアンを制して話し出す。

 

「教皇は、ついにウッテン家に反旗を翻したわ」

 

 そう、ジネブラは、ヤースケライネン教国の、

 教皇側のスパイだった。ウッテン家とは、

 教皇の教育係、教国を裏で操っていた一家だ。

 

「そのアラキナ・ウッテンが、失踪したんだ」

 

 ジネブラの呼吸の一瞬の隙をついて、ダミアン

 が割り込む。このダミアン、理知的な見た目

 で、ふだん女性が話しているのに割り込む

 ようなことはけしてしなさそうなのだが、

 今はもう話したくてしょうがないらしい。

 

「そうよ、アラキナは、オップダール地方に

 ある保養施設で逗留中にいなくなったのよ」

 

 すぐにジネブラが主導権を取り返す。

 オップダール地方と言えば、いつだったか、

 数か月前に、奇妙な洋館のミッションを

 やった場所だったな。

 

 仕事柄、出来事があり過ぎて、けっこう最近

 のことでもかなり前のことだったような錯覚

 に陥ることがよくある。

 

  アラキナの父親は、非常に優秀な人間で、

 しかし短命だった。その優秀な特性を引き

 継いで、アラキナは若年ながら短期間で

 ウッテン家をまとめた。

 

 反発展主義と共に、ヤースケライネン教国は、

 その勢いをさらに強めるかに見えた。

 しかし、アラキナは保養施設に逗留して

 から姿を見せなくなる。

 

 数か月の確認の後、教皇は、ウッテン家への

 反乱を決意する。アラキナ失踪後、ウッテン

 家をまとめたのは、あまり優秀でない

 アラキナの母、ダフネ・ウッテンだった。

 

「この迷宮は、地下で教国首都の宮殿と

 繋がっているのよ。隣のブロックの通路

 から、ほら画面を見て」

 

 オリガ・ダンが、それを先に言えよと

 ばかりに顔をしかめて、アンデット族の

 パリザダ・ルルーシュにシキガミを出す

 ように指示する。

 

「実際には、首都宮殿の下に埋まっている、

 王城遺跡の地下一階と繋がっている。そう、

 つまり、この迷宮はかつて塔だったの」

 

 もともとこの迷宮は、ウッテン家が危険

 生物やアンドロイドの実験に使っていた。

 ウッテン家は、首都宮殿とこの迷宮を、

 自由に行き来していた。

 

 しかし、反乱を起こした教皇は、ウッテン

 家に宣戦布告する。地下通路で、ウッテン

 家と教皇派との間で、激烈な戦闘が

 繰り広げられていたというのだ。  

 

「首都宮殿下の王城遺跡は、危険生物や

 アンドロイドを生み出す施設、この迷宮は、

 それらを保存するための施設だった」

 

 教皇に王城遺跡を占拠され、ウッテン家は

 ジリ貧状態となる。教皇側の攻撃に、

 迷宮の戦力を回さざるを得なかった

 ようだ。

 

 それでもかなりの戦力を、地下9階などに

 配置していたが、それも殲滅されて、ほぼ

 進退窮まった状況だったという。

 

 「あーところで」

 オリガ・ダンが遮る。

 

「ウッテン家というのはあとどれぐらいの

 勢力なのか? 全てこの地下にいるのか、

 それともどこか地上に拠点があるのか」

 

「ウッテン家は、今やもう、ダフネ・ウッテン

 だけよ」

 

 ウッテン家は、親族も含め、謎の死を遂げて

 いったらしい。ダミアンがやっと割って

 入って来た。

 

「恐ろしい話がある。ダフネという女性が、

 彼女の夫も含め、どんどん毒殺していった

 という噂だ」

 

「アラキナは、その状況に、あるいは他の何か

 に絶望し、自ら命を断った」

 

 反発展主義者が、その理想を自らの血族に

 実践していったということか。まあそこで

 一族が繁栄してしまうと確かに思想には

 反するのかもしれない。

 

「教皇の狙いは何?」

 こちらが聞きたいこともたくさんあるには

 あるのだが、この二人のスパイは、一晩

 でも語り明かしたいような雰囲気だった。

 

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