遺伝子分布論 102K
黒龍院如水
第1話 神々の退屈凌ぎ
白い稜線が並ぶ。
九千メートル級の峰々が並ぶヒマラヤ山脈。
神々が住むと言われるその稜線に目を
向けるが、遠景のためかその姿は見えない。
ディサ・フレッドマンは、
屋外を眺めることができる居間にいた。
特にやることもない午後。
仕事は週の頭の三日間で終わらせた。
週末は何かと忙しい。この四日目と五日目の
明日が比較的暇なのだ。
そして、こんな時は、何もしないことが最高の
贅沢だと思っている。何もしない、かといって
昼寝をするわけでもない。
リクライニングチェアに寝転がるが、外を
眺めるわけでもない、考えごとすらしない。
過去のことも、未来のことも、全てを忘れる。
最近の記憶も、子どものころの記憶も、母親
のお腹の中にいた記憶も、単細胞生物だった
ころの記憶も、全て忘れる。
友達のことも、昔のクラスメイトのことも、
仕事のことも親族のことも、昨日のニュース
のことも、学校で習ったすべてのことも、
本で読んだ全ての内容も、
家にいることも、地球上にいることも、
太陽系にいることも、銀河系にいることも、
銀河系が属する銀河団にいることも、そして、
この宇宙に人間として存在することも。
そして、それでどれだけの時間を耐えられる
のかを試してみる。悠久の時間の流れに
身を任せる・・・・・・。
数十分が過ぎていた。
白を基調とした家の中。リビング、ダイニング、
キッチンとほぼ白一色、無駄なものが一切
置かれていない。一方、奥の寝室は暗めの色で
統一されている。
何も考えない時間のときは、ラジオも音楽も
かけない。お香も焚かない。豊かな、贅沢な
時間の使い方をしている、ということすら
忘れるのだ。
外からの情報を一切遮断する。
根本から全てを忘れる作業をやると、その後に
新しい何かが、心の中から生まれてくる。
しかし、忘れる作業を、その何か新しいものを
得るためにやる、と考えても駄目なのだ。
一切の見返りなしで遂行する。
すべてが無駄に終わっても、気にしない。
この宇宙が終わるときに、すべての営みが
無駄に終わったとしても、
一切、気にしない。
そうして生まれ変わったような気分になった
後、無の時間の次に好きなのは、何をやるかを
考える時間だ。
ディサは、実際に何か楽しいことをやっている
時間よりも、それを計画している時間のほうが
好きかもしれない。
思えば子どものころからそういう傾向があった。
コインを挿入して、ハンドルを回すと出てくる
カプセルトイ。安価なのもあって、たいてい
くだらないものが出てくるのであるが、その
ワクワク感が今でも大好きなのである。
出てくる玩具より、出てくる前の期待感が
好きだ、ということに気づいたのは最近の事。
ディサの実家は貧困家庭ではなかったが、
他の同じような経済状態の家庭とくらべると、
あまり玩具を買ってもらえなかった。
そのかわり、祖父が買ってくれた。ディサが
好きだったのは、大型店舗で完成された大きな
玩具を買うよりも、寂れた感じの、そして
どことなく怪しい感じの小さな店舗で、何か
変なものを探す、ということだった。
たいていろくなものが見つからないのであるが、
でも、何かありそう、何か今まで見たことの
ないものが見つかりそう、といった期待感が、
なぜかそういった怪しい小型店舗にはあった。
ディサはそれを、自分の中で、ガラクタが醸す
ドキドキ感、と名付けている。それは、モノ
だけでなく、人からも感じることがある。本人
には少し申し訳ないのだが。
一人で笑いをこらえていると、リビングの
端からこちらを見る目がある。四つの目だ。
タピオとウッコだ。
タピオはグレートピレニーズのオス、2歳、
白色。ウッコはげっ歯類のチンチラ、オス、
1歳、同じく白色。
2匹とも、大人しいのもあって、この部屋に
いるとまるで偽装しているかのように目立た
ない。本人たちにそのつもりはないのだろうが。
ディサが去年一人暮らしを始めるタイミングで、
親が買ってくれたのだ。
タピオは呼べば近寄ってくる。もう、ほとんど
ディサと同じぐらいの体重になってきた。
ウッコは呼んでも来ないことも多いが、気分で
近寄ってきて、ヒザに乗ってきたりする。
タピオのほうはだいぶ行動のほうも大人に
なってきたが、ウッコのほうは油断すると
とんでもないことをやらかしてくれる。
家の中の家具やら壁などを齧るのはまだいい。
素材も問題ないものを使っている。危ないのは
ひも状のものだ。鞄のハンドル部分なども
齧られる。作りかけの食材を入れたボウルを
ひっくり返すのも得意だ。
なので、最近は危なそうな臭いがするときは
ウッコ専用のゲージに戻すようにしている。
機嫌のいい時はゲージを開けると自分から
入っていくときもあるが、
悪いときは家中を追いかけまわすことになる。
そして、部屋の隅に追いつめられると、
諦めたかのように二本足で立ち、何かブツクサ
とチンチラ語で文句を言う。
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