第64話 無形陣

  連合軍と帝国の本体側の戦闘も開始

 されていた。

 

 形状がほぼ統一されている連合国の艦に

 対し、帝国側の艦は様々な形だ。

 ハンマーのような艦首の盾艦、ずんぐり

 した卵状の空母、細長い長方形の補給艦。

 

 帝国の砲艦は、連合国の艦と形状が似て

 いるが、幅が少し細身。機動艦は別動隊と

 同じで横長の左右非対称。艦体色はどの

 艦種も赤をベースとしている。

 

 立体魚鱗陣の連合艦隊に対し、立体鶴翼の

 帝国艦隊。連合側は、機動部隊を後方から

 分離させ、敵後方へ回らせる。

 

 それに気づいた帝国側は、球形陣を取る。

 連合機動部隊は突入を直前で回避。そも

 そもそれほど速度が出ていない。

 

 帝国の球形陣と思われていた陣形が、

 ほどけていく。螺旋上の球形車懸かりだ。

 連合側を半包囲しながらそのほどけた

 先端が後方の連合艦隊旗艦を狙う。

 

 しかし、先ほどの連合機動部隊が、5百

 隻ほどで球形陣を組む。機動艦と思われた

 艦種は実は盾艦であった。中途半端な

 位置に居座る連合の球形陣。

 

 車懸かりの先端が、包囲を邪魔される。

 そのうちに、連合機動艦が車懸かりの

 尻尾側へ回り込む。

 

  そこからモモ・テオの無形陣が

 始まった。操作席、1メートル立方の立体

 画像システムの中に、3次元筆デバイスで

 新たな陣形を描く。

 

 帝国の一瞬乱れた陣形に対し、最適防御

 と最適攻撃の解を出す。そして、それを

 リアルタイムで忙しく更新し続ける。

 陣形デザインと艦種の塗り分け、オイラー

 角、艦速を与える。

 

 帝国艦隊は、何らかの陣形に戻そうと

 試みるも、連合機動艦数百隻により常に

 分断される。付かず離れずの連合の

 無形陣は効率的に攻撃を行い、

 

 帝国側の砲艦と盾艦は常に敵のいない方向

 を向く。帝国空母の間には常に味方が

 いて、連合艦に接近できない。

 

 いったん陣形を崩されたうえでモモ・テオの

 無形陣に張り付かれると、もう立て直す方法

 はなかった。序盤から車懸かり陣で散開

 ぎみとなったことが悪手となったようだ。

 

 連合側が1割の損害に対して、帝国側が

 7割の損害となった時点で、連合側が

 降伏勧告を出す。

 

 少し予想していたが、あっけなく勝って

 しまいほとんどアドバイスらしきことを

 していないイザムバード・ビーチャム中尉。

 

 この程度の相手なら、今の自分でも簡単に

 勝てた可能性が高いが、損害を1割に抑える

 ことができたかどうかはわからない。

 

 そして、もし、自分と同程度の才能が、帝国

 側に居たとして、モモ・テオに鍛えられて

 いないだけだったとしたら……。

 

 同程度の才能相手に数で劣る艦隊を率いて

 中間都市の命運を掛ける、ゾッとする話だ。

 

 

  中間都市近傍では、アナ・ボナが

 再度出撃していた。帝国別動隊の残軍が、

 降伏勧告を無視して連合移動基地に向かう

 姿勢を見せたからだ。

 

 人型機械母艦に戻って調整後にすぐ再出撃

 となった。

 

「アナ、相手は無策だ、無理はするな!」

 アンダカ用機動艦の艦長が声をかけるが、

「了解、だけど、決着付けます!」

 

 帝国側別動隊、5千隻あった艦艇は、ほぼ

 全て停止している。動いているのは、有人

 艦と思われる10隻だった。

 

 その後ろに連合国守備隊の3千隻も包囲する

 かたちで迫っている。移動基地自体にも

 数百隻の護衛艦がいる。

 

 その10隻がこちらに突っ込んでくる。おそ

 らく、お互いの通信は出来ておらず、視界

 だけを頼りに編隊を組んでいる。

 

「有人だからって手加減しないよ」

 アナ・ボナが自分に言い聞かせる。

 

 18機のアンダカが展開する中に防御を無視

 して帝国機動艦が突入してくるが、連合国

 守備隊からの援護射撃も入る。アナ機の

 回りは避け、他の遠隔機には当たっても

 いいぐらいの砲撃だ。

 

  この手の人型機械に対抗するなら、一番

 効果的なのは空母だ。この時代の空母は、

 全長3メートルから10メートルの戦闘用

 ドローンを多数搭載し、

 

 中距離から近接攻撃力ではかなりのものが

 あった。攻撃範囲は、ドローンの航続距離

 などで決まる。

 

 砲艦は、だいたい中距離から遠距離が

 攻撃範囲、それに対して機動艦は、推力に

 重点を置いているため、たいていは中から

 近距離の攻撃手段と、申し訳程度のシールド

 装備、というかたちにならざるを得なかった。

 

 帝国軍の別動隊の動きは、数の面で少し

 勝っているため攻略を狙ったものとも言え

 なくもなかったが、どちらかというと中間

 都市周辺を急襲することで艦隊本体を動揺

 させる狙いもあったと言える。

 

  回避運動を取りながら、敵の武装を狙って

 アンダカ機の通常の加速砲を放っていたアナ

 ・ボナだが、帝国側の命知らずな戦い方に

 苛立っていた。

 

「辺境で苦労したからなんだっての!」

 接近した艦の戦闘ブリッジあたりを撃ち抜い

 て離脱する。

 

 敵旗艦を守るかたちで複数艦が交錯するが、

 それらを回避して旗艦へ接近する。

 

「こっちだって! ただ平和に暮らしていた

 わけじゃないんだよ! 舐めんなー!」

 

 敵旗艦のブリッジと推進装置を数発撃ち抜き、

 離脱する。人の叫び声が聞こえたのは、

 おそらく幻聴だ。

 

「なんでそんな生き方しか選べないんだよう!」

 気づくと、アナ・ボナは、操縦席で泣いて

 いた。

 

「ボナ少尉、残りは自分たちで片づけます!

 帰艦してください!」

 遠隔機パイロットから通信が入る。

 

「了解」

 ボソッと答えて、提案に応じるアナ・ボナ。

 オーンと鳴る幻聴の残音が耳から消えない。

 

 

  モモ・テオのいる宙域でも、似たような

 ことが進行していた。帝国艦隊は、損害率が

 7割を超えても、降伏もしなければ退却も

 しない。

 

 モモ・テオは、解析データにより敵有人艦

 の場所を探り、なるべくそこを避けるような

 艦隊操艦を行っていたが、これだけの数

 である。

 

 しかも、敵艦隊は、有人艦を防御するような

 素振りもない。むしろ先頭に突っ込んでくる

 ような有様だ。そこに至って、モモ・テオも、

 ただ相手を殲滅することに集中する。

 

 連合側損害率2割、帝国側8割で推移する。

 その状況を見て、

 

「モモ、あともう少しだけど、残りはおれが

 やる! 全てを背負い込む必要はないよ」

「わかった、頼む」

 

 陣形遷移の動きが鈍ったと見たイザムバード

 ・ビーチャム中尉が、モモ・テオと交替する。

 いったん艦隊を球形陣でまとめ、相手の

 出方を見守るイザムバード。

 

 モモ・テオは、大きく息をついて、腕で視界

 を覆いながら、操作席のシートにもたれ

 かかった。実際の戦場の空気は、考えて

 いた以上に重かった。

 

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