第65話 講和

  ふたつの宙域で行われた戦闘は、

 いずれも連合国側の勝利で終わった。

 

 すかさず帝国側に良い条件で講和を成立

 させる。その後、中間都市とその周辺の

 国家は、少なくとも宇宙資源が存在する

 宙域の情報収集に手を抜かないことを

 決めた。

 

 連合軍が戦闘後、今回の戦いがいかに

 際どいものであったかを詳細に公表した

 からだ。

 

 今回の戦闘も、タイナート帝国が接触して

 きた際に、たとえ数万年前のことであった

 としても、中間都市としていったん謝罪の

 意を表明するだけでも回避できた可能性

 が高いこともわかってきた。

 

 国が滅ぶかどうか、文明が亡ぶかどうか

 ということを考えれば、高額のスパイを

 雇うことなどは、はるかに安く済む。

 謝罪するだけなら無料だ。

 

 兵器産業が一時的に経済が潤うということ

 もあるが、本当に一時的で、むしろその

 あとの不況のほうが恐ろしいことも歴史が

 証明していた。つまり、戦わずに済んだ

 ほうがトータルでプラス。

 

 人類同士に限らず、外からの知的生命体

 が攻撃的であった場合、人類はどう対処

 すべきか。このテーマには、なかなか

 答えが出ず、人類の住居範囲が拡大する

 ごとに重くなっていくようだ。

 

 

  アナ・ボナは、戦闘後に体調を崩して

 実家近くの病院に入院している。

 

 入院当初は母のテッサ・ボナが病院に

 寝泊まりして看病していたが、話を聞いた

 金剛石の面々が病院に来るようになった。

「おばさん、おれらもなんかできること

 やるから」

 

 学校に行ってもいなければ、定職にも

 ついていないので、こういう時に便利だ。

 

 週末はアナ・ボナの知り合いがたくさん

 見舞いに来る。平日の夜はヴァイ・フォウ

 がテッサ・ボナに代わって寝泊まりし、

 昼間は残りの金剛石の3人がいること

 になった。

 

 アナ・ボナは、一時期体重も10キロ

 ほど減り、何も食べられず、2日ほど

 集中治療室にいた。そのあと、少し

 回復して個室に移っている。

 

 母のテッサ・ボナは、仕事は休みにして

 いたが、自身の体調もあって、体の

 調子が許す範囲で看病に通うことにした。

 

 アナは、どちらかというと昼間比較的

 静かだが、あまり睡眠はとれておらず、

 夜になると泣き叫んで半狂乱状態となった。

 話しかけても返事をしない。

 

 ヴァイは、そういう時は背中をさすったり

 抱き留めたりを繰り返した。

 

  兄のロロ・ボナや、テッサ・ボナが

 いない時間帯に父のノア・テオも訪ねて

 くる。

 

 モモ・テオも病室に来た。しかし、なに

 やら暗く重い雰囲気を纏わりつかせている。

 目に隈を作り、鋭い目つき。

 

「おまえなあ、そんなもん纏わりつかせて

 病室入ってくんなよ! 厄払い行け、

 今すぐ行け」とヴァイが言い放つ。

 

 モモ・テオも、そうだな、と同意してすぐ

 病室を出て行く。

 

 夜のアナ・ボナの状態はあまり変わらなかっ

 たが、調子の悪そうな時は体をさすりながら

 ニコロ塾で習った妖魔退治のお経を口の

 中で唱える。

 

「おまえなあ、小さな体で全てを抱え込む

 なよ、おれらもみんなついてるからさ」

 

 そうして2週間もするうちに、回復の兆し

 が見えてきた。言葉にも反応するように

 なった。そして、一週間で退院、その後

 の一週間で、体重もかなり戻し、状態

 もほぼ元通りとなった。

 

 

  数年後の夏。

 モモ・テオとイレイア・オターニョは、

 マティルデ・カンカイネンの実家に来ていた。

 

 大きな農家の民家で、母屋は200平米ほど

 ある。敷地内にはマティルデの姉弟の家

 もあり、大家族だ。

 

 そこに、4泊5日でお邪魔する。

 

 そこは、中間都市曼陀羅型9999番、

 最下層の田園地帯。家の近くには何でもある。

 

 そこそこの堤防幅がある川、神社、池、

 駄菓子屋、温泉、小さな商店街、古書店、

 怪しいビデオ屋、お寺、学校、いつも

 香りが漏れてくるソイソースの工場。

 

 小さな用水路の横を通ると、人影を見て隠れ

 るのはオタマジャクシかドジョウか。

 

 そういうところに、マティルデの姪を連れて

 歩いて出かけたりもするが、だいたいは襖と

 障子と縁側のある部屋でのんびり寝転んで

 いる。扇風機がウンウン回っている。

 

 寝転んでいても、こういう田舎の家では

 どこでもそうなのかわからないが、時間ごと

 に食べ物が供される。

 

 モモ・テオは、久しぶりに演劇からも稽古

 からもトレーニングからも戦争からも解放

 されていた。

 

  ロロ・ボナが結婚し、同じく最下層で

 家を借りて暮らし始めた。この夏、盆あたり

 に家族で集まることになった。

 

 モモ・テオは、父と住んでいた実家を出て、

 2階建ての移動住居を借りて最上層に住んで

 いる。週末だけ9層目に戻ってきて、実家の

 洗い物や掃除をする。

 

 イレイアもマティルデも、最上層の移動住居

 で暮らし始めていた。3人で集中して

 仕事をし、休暇の期間も多めにとるように

 している。

 

 中間都市の色々な場所にヴァケーションで

 出かけるのも面白いのだが、こういう

 田舎でのんびりするほうがなんとなく性に

 合っていた。

 

 かと言って、こういう田舎で生まれ、その

 ままそこで一生を暮らす生き方も、まるで

 想像がつかないのだが。

 

 アナ・ボナも元気にしている。今は軍属を離

 れ、雑貨屋で働きながら、次に何をやるか

 考えているようだ。細かいところは言って

 くれない。

 

  マティルデの実家の最終日は、祭りが

 ある。田舎の小さな祭りだが、出店も来る。

 そう、禍福社も店を出すので、彼らも来る。

 

 少し季節感のずれた浴衣を来て、3人で祭り

 の中を歩く。10はあるだろうか、そのうち

 のひとつで、金剛石の4人が店番をやって

 いる。行列を前に忙しそうだ。

 

 いまだに、よくわからない活動を日ごろから

 やっているようだ。何かもめ事があれば

 顔を出してくる。

 

 花火も上がり出した。良く見えるという

 高台に3人で向かう。すでに何人かが

 コンクリート樹脂の段差に腰をおろして

 いる。

 

 モモ・テオとマティルデが腰を下ろして

 落ち着くと、イレイアが座らずに何か

 歌いながら舞いだす。

 

 こちらを煽るような調子に、モモ・テオは

 その手には乗らないと、フフっと笑うが、

 ふいに強烈な既視感に襲われ、軽い

 眩暈を感じる。

 

 が、すぐに収まった。どこから来た既視感

 か、記憶を探るが、なかなか見つからない。

 

 過去のどこかか、それとも未来か。

 

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