第66話 雨将軍

  直前になって雨がさらに激しくなって

 きた。この季節の、この時間帯には非常に

 珍しい雨量だ。

 

 内応者の2名が施設の門を開ける。外にいた

 人影が、すぐに何かを渡し、その2名はそれ

 を頭から被る。

 

 門の前には、200頭の馬と、それに騎乗

 する同じ数に人々、馬が時々いななくが、

 雨音に完全に打ち消される。

 

 内応者の2名がそれぞれ馬の後ろに乗り、

 その軽騎兵部隊を指揮している人物が大きく

 手を挙げ、そしてそれを振り下ろす。

 

 それを合図に、200名の軽騎兵が施設に

 突入していく。手榴弾様のものを投げ込んで

 いるのは催眠ガスの煙幕デバイスだ。

 

 着込んでいるのは、それ専用の装備とマスク

 ではなく、一般の宇宙スーツだ。あたりは

 泥でぬかるんでいるが、あまり気にしない。

 

 隊は4つに分かれ、それぞれの場所を目ざす。

 そのうちの二つは、東西にある対空砲の

 設置された塔だ。

 

 5人ほどが守るが、煙幕デバイスを投げ

 込んだあとに下馬して突入し、あっという間

 に拘束する。

 

 内応者を一人乗せた隊は、指揮所へ向かう。

 もう一隊は、食糧庫だ。暗号で施錠された扉

 がいとも簡単に開いていく。

 

 対空砲塔が制圧された数秒後には、上空に

 数百軒の移動住居が姿を現し、しかし雨で

 気づかれてもいないかもしれないが、そこ

 から何かが落下してくる。

 

 落下傘が開き、その落ちてきたものが人型に

 展開していく。折り畳みアンドロイドが、

 400体空より降りてきて、催眠ガスで倒れ

 た人間を拘束しつつ食糧庫へ向かう。

 

  指揮所が制圧され、この敷地内で抵抗する

 ものはいなくなった。折り畳みアンドロイド

 が食料を運び出し、次々と移動住居に載せて

 いく。

 

 充分食料を載せた移動住居は、浮遊し、

 どこかへ飛び去っていく。約200トンの

 食糧全てが運び出されるころには、あたりは

 明るくなっていた。

 

 雨も上がったようだ。

 

 敵兵一人の拘束を解いて、騎馬隊に引き上げ

 の合図がかかった。施設を出て、荒れ地を

 しばらく駆けると、そこは草原の海だ。

 

 そこを4時間ほど走り、空を飛んで行った

 移動住居たちと落ち合う。100マイルは

 あるだろうか。

 

 深夜から明け方の雨雲は嘘のように消え去り、

 朝日が眩しい。濃緑色の宇宙スーツをみな

 泥だらけにして、200頭が軽快に走る。

 

 騎乗する彼らにとってそこは、よく知った庭

 みたいなもの、と言ってもそんなに間違い

 ではなかった。

 

 

  駐屯地。

 

  先ほどの200人が整列している。いずれ

 も精悍な顔つきの若い男女。その前に立つの

 は、ディサ・フレッドマン、以前より身長も

 伸び、髪も伸びている。

 

「では小隊に分かれて指示を受けてください、

 分かれ!」「よし!」

 

 そして、立体通信機の前に立ち、

「こちら、ウンドゥルハーン臨時駐屯地、

 対象兵站地にて200トンの食糧取得、その

 後全員無事帰投ずみ、本日の作戦0127、

 兵站地攻略、これにて終了します!」

 

「よし!」の声でお互い敬礼し、通信を切る。

 

 遠くでは、アンドロイド達が巨大輸送機に

 先ほどの食糧を運び込んでいる。ボム・

 オグムが声を掛ける。

 

「お疲れさん」

 背はそれほど伸びていないが、体は一回り

 大きくなったように見える。纏めているが

 髪も伸ばしてより女性ぽくなったようだ。

 

 いったんそれぞれの移動住居に戻り、

 30分ほど休憩してからまた移動となる。

 が、ここからの移動は移動住居を使う。

 

 広大な敷地に、簡易のマウントポイントが

 造られ、200軒の移動住居が大人しく

 停家している。2階建てとなった我が家

 に戻るディサ・フレッドマン。

 

 ボム・オグムも、隣にある2階建ての

 移動住居へ入っていく。馬はすでに

 移動住居1階の厩舎に戻してある。

 

 ディサが所有する馬、アカネマルは、その

 黒い馬鎧の隙間から真紅の毛並みを覗かせ

 ていた。

 

 2階に上がると、以前より大きくなった2匹

 がカタカタと音を立てて出してとせがむが、

 もう少し落ち着いてからだ。

 

 

  太陽系においても、反発展主義者による

 反乱が起き、一時は3か所ある海上都市が

 占拠される事態にまでなったが、

 

 太陽系の宇宙空間では、思想の爆発的な

 広がりを見せなかった。その理由として、

 すでに類似の思想がそれなりの信奉者の

 数とともに存在したこと。

 

 その類似の思想集団の協力が得られなかった

 こと。けっきょく、そういった事件は地球上

 で起きたのみで、太陽系内の宇宙空間では

 とくに大きな変化がなかった。

 

 アース連邦は、宇宙からの支援を受けて、

 反乱軍を容易に抑えていった。最終的に、

 反乱軍の本拠地は、食料不足により陥落した。

 

 太陽系の反発展主義者が望んだよりもかなり

 早く、人々はふだんの生活を取り戻して

 いった。

 

  その後、半獣半人座星系の影響を受けて、

 太陽系からも次の恒星系を目ざす計画が

 持ち上がった。

 

 半獣半人座星系からはシリウス星系、太陽系

 からは、バーナード星系を目ざす。

 中間都市からウルフ星系を目ざす案も実は

 出ていたが、資源宙域が途中であるか

 どうかの確認が必要そうだ。

 

 バーナード星系までは6光年、期間で1万

 2千年、シリウスまでは9光年、期間は

 1万8千年を想定している。

 

 半獣半人座星系にかかった時間よりは、

 かなり短くなる予定だ。今後も、恒星間を

 移動する速度はどんどん光速に近づいて

 いくだろう。

 

 太陽系から15光年以内に、恒星系は

 40を超える。今後、宇宙船や移動都市の

 航行速度があがるにつれ、人類が進出する

 宙域も爆発的に増えるかもしれない。

 

 その先にいったい何があるのか、太陽系

 発祥以外の知的生命体にどこで出会うのか。

 まず、銀河系の大きさが10万光年、その

 隅々まで人類ははたして到達できるのか?

 

 銀河系だけで、2千億を超える恒星の数、

 そういった銀河が、銀河系近辺で100、

 宇宙の中にゆうに1兆を超える数だけ

 存在する……。

 

 

  ディサ・フレッドマンとボム・オグムは、

 再び日常生活に戻り、朝から馬を走らせ

 ていた。

 

 ボムは、けっきょく動物系の地上監視員の

 資格を猛勉強の末取得した。ディサと同じ

 地域で丁度担当者が空く情報も入手して

 いたのだ。

 

 ブラックキングと名付けた、漆黒の毛並みの

 巨馬を操る。南シナ海を臨む海岸沿いの道。

 そのままホーチミンという街まで馬でいく

 つもりだ。

 

 上空には、二つの移動住居が浮遊するが、

 1階分しかない。どちらも1階と2階が分離

 するタイプで、分離したほうはそれぞれ

 折り畳みアンドロイドが探査に使用している。

 

 今浮いている分にも折り畳みアンドロイドが

 乗っていて、ペットの世話などをしている。

 

 連邦政府の方針により、道にはほとんど

 人影が見えないが、移動住居は時々飛んで

 いるのが見える。

 

 ボムが指さす方向に、雨雲が近づいて

 来ているのが見えた。高波にだけ気をつけ

 れば、雨の海岸沿いもまたいいものだ。

 

 完

 

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遺伝子分布論 102K 黒龍院如水 @Josui

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