第16話 草原の覇者

  自分は、何のために生まれてきたのか、

 ということを、たまに考えたりする。

 

 苔の研究がうまくいったとき、自分はそれを

 やるために生まれてきたかもしれない、

 と感じた。

 

 黙々と武術のトレーニングを行っている

 時も、それなしの人生はありえない、と

 思えたものだ。

 

 たいして練習もしていないのに、クラスの

 水泳の授業で圧倒的なタイムを出した時も、

 これかもしれないと感じた。

 

 父がよく連れて行ってくれた、カートと

 呼ばれるアナログカーの加速、スキーで

 急坂の恐怖を克服したときも感じた。

 

 しかし、もっと確信に似たもの、これだと

 思えるものが、この世界にまだ存在する

 のだろうか。

 

 「ホーォウッ!」

 3日目にして、すでに遠乗りを行っている。

 襲歩で駆けると、思わず裏声が出る。

 何かを狩りたい。

 

 ディサ・フレッドマンは、ボム・オグムと、

 そしてサポートの現地人2名とで、蒙古と

 呼ばれる地域の草原地帯にいた。

 

 広大な景色、広大な空、そして風、自分たちが

 泊まっている移動住居ゲルは、もう見えない。

 このままどこまでも駆けていける、自分を

 遮るものは何もない。

 

 一部の武術のトレーニングは、このために

 あったのでは、と思えるほどだ。長時間行う

 馬歩、体幹を鍛える套路。

 

 かつて、はるか太古の昔、この土地の出身者

 が、地球上で最大の国を作ったという。

 今こうして馬を走らせていると、それが

 できた理由がわかる。

 

 何でもできそうな、そんな気分になれる。

 

  最初に言い出したのは、ボムだ。

 なんでも最近、乗馬のゲームにハマっていて、

 乗馬を再現する専用の鞍のついたマシンも

 家に置いた。

 

 それに加えて、町のエンターテイメント

 センターに乗馬のゲームが追加された。アンド

 ロイドの馬に乗って、ランニングマシン上を

 走るのだが、もうほぼ馬らしい。

 

 持ち前のペットショップ店員の力を発揮して、

 現地の馬にも一瞬で慣れたのだが、数日で

 乗馬の技術に関してはディサに追い抜かれた

 感じだ。

 

 しかし、サポートの現地人ふたりも、

 ディサとボムが今回初めての乗馬であること

 に驚いている。ただ、顔つきなどの見た目

 では、ディサとボムの二人とも、この現地人

 と似ているのだ。

 

 実は、この騎馬民族の血を、二人とも隠し

 もっていたのかもしれない。

 

  翌日、現地サポーターが、面白い提案を

 してくれた。馬上弓をやってみろと言うのだ。

 

 ディサは、もちろん武術の一環として、弓術も

 やっている。素手で行う拳法のほかに、槍術、

 剣術、銃術、柔術、棒術、居合などなど、

 武器も一通り扱える。

 

 とくに得意、というよりも好きなのが、

 ヌンチャクと呼ばれる、短い棒を鎖で繋いだ

 武器で、これで器用にテーブルテニスの

 球を打ち返したりもできる。

 

 弓術は、それほど得意という意識はなかった

 が、馬上で一時間もやっていると、様になって

 きた。

 

 面白くなってきたので、移動住居ラウニを

 呼んで、中から練習用の槍やら剣やらを

 持ってくる。

 

 弓を的に射かけて、そのあと槍やら剣で

 ボムと打ち合う。馬上で武器を扱うのは、

 なかなか難しい。

 

 ボムが馬上で長棒をうまく扱っているのは、

 おそらく家で練習しているからだ。器用に打ち

 込んでくる。最近、ロールプレイングゲーム

 にもハマっていると言ってたな。

 

 ボムは、かなりリアル志向だ。火星にも、

 そういったアトラクションがあって、

 行ってみたいと言っていた。

 

  その夜、ゲルのベッドで寝転がりながら、

 さっそく探してみる。厩舎付きの移動住居。

 どうしても、2階建て、つまり高さ10

 メートルのタイプしかなさそうだ。

 

 しかし、値段は倍、つまり、厩舎が付いた

 からと言って、特別高いわけではない。

 このゲル泊が終わったら、本部に問い

 合わせてみよう。

 

 今の賃貸料が倍になる分には、ぜんぜん

 問題ない。住宅手当によって、ほとんど

 ただに近い金額だからだ。

 

 馬の値段はどれぐらいだろうか。調べてみる

 と、賭博などに使用される競走馬はかなりの

 値段だった。

 

 いや、違う、そうじゃない。速さという

 よりも、耐久性というか、走破性というか、

 出来れば泳ぎも得意ならいいな。

 雪山を歩ける馬などいるのだろうか。

 

 硬化苔が実用化されて、それの特許料が入る

 ようになれば、馬の一頭や二頭は持てる。

 ボムに、馬は飼いやすいペットなのか

 聞いてみるが、飼ったことはないらしい。

 

  翌日、現地サポートが、新たな提案を

 してきた。甲冑を着てみろという。朝から

 倉庫へ移動し、装着してみる。

 

 蒙古の古くからある甲冑もあるが、世界中の

 ものが置いてある。金属製の一番重そうな

 ものを選ぶ。馬にも着せる鎧があったので、

 一番重そうなのを選ぶ。

 

 ボムが来ているのは、ヤマト州に昔から

 ある、赤備えだ。二人で馬に乗ってみる。

 乗る時点でサポートがないとつらい。

 

 やはり予想したとおり、動きが重い。

 防御力や衝撃力はありそうだが、長距離

 移動やスピードはその重さによって

 殺される。

 

 武器の扱いも難しい。騎射は無理だ。

 そのあと、最新の、非金属強化装甲も着て

 試すことができた。

 

 騎乗用にもう少し形状を工夫すれば、

 もの凄くよくなりそうだ。

 

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