第45話 顛末

  その後、ヤースケライネン教国は急速に

 その姿を変えていった。

 

 人々の暮らしも大きく変わった。人口増加も

 経済発展も技術革新も、全て容認された。

 鉄道もホバーも移動住居も全て解禁された。

 

 教国は、反発展主義の標榜を取り下げること

 はしなかったが、ほぼ有名無実と化していた。

 同時に領土拡大の野心も捨てた。

 

 その代わりに、教皇は、次の恒星系を目ざす

 という目標を立てる。自分の在位中に、

 必ず国力を立て直し、シリウス星系への

 出発を計画するという。

 

  玄想旅団は、あの後半年ほど活動し、

 そして解散した。そして、その10年後の

 今、みんな元気にやっている。

 

 アントンは、一般企業でしばらく働いた後、

 ある球技スポーツのプロを目ざしている。

 あいつは不器用だが、一度コツを掴むと

 必ず芽を出す。

 

 スヴェンは弁護士資格を取った。法廷に立つ

 という。あの肉達磨がフォーマル衣装で法廷

 に立って何か喋る場面を想像してみてくれ。

 

 セイジェンは家督を継ぐと言っていた。実家

 が経営している大農場を継ぐのだろう。

 武芸の稽古も続けているようだ。

 

 イスハークは、役者になってしまった。

 そんな夢があったとは、旅団の誰ひとり知ら

 なかったようだ。もちろん銃を撃つ役

 以外もこなす。

 

 パリザダは占い師で生計を立てている。

 おれは利用したことはないが、かなりの人気

 らしい。裏で妖魔退治もやっているから、

 必要だったら声を掛けろと言っていた。

 

 ガンソクは軍に入った。補給士の資格もある

 ので兵站を担当しているらしいが、そのうち

 国の移動都市プロジェクトにも参加する

 らしい。

 

 ヒノの双子は観光業だ。ニンジャの技を

 教えるニンジャランドで、子どもにも

 大人気だ。子どもたちの間では、暗殺

 ごっこが流行っている。

 

 ヨミーはまだ冒険者絡みの仕事をやって

 いる。前線にはもう出ていないが、ギルド

 に所属して何か役に立ちそうな装備を発明

 しているそうだ。そして、移動都市

 プロジェクトにも国から誘われている。

 

 そしておれは、宇宙に出て、格闘技を

 教えるジムのインストラクターをやって

 いる。

 

 五年前に、結婚もした。玄想旅団の

 メンバーだった女性とだ。今では子ども

 も二人いる。

 

 彼女は、けっきょく歌手デビューした。

 様々な民謡、そして童謡を歌う。

 以前よりも体重も落として、自分が言う

 のもなんだが、絶世の歌姫だ。

 

  最近、あの頃の夢をよく見る。

 内容は、夜営をしている場面が多いかも

 しれない。焚き火の音、虫の音。しかし、

 旅団全員ではなく、6人なのだ。

 

 記憶が曖昧で、いったいどのミッション

 での夜営だったか、わからない。そして、

 夢の内容は、毎回何かが微妙に違うのだ。

 

 よく考えれば、それは10年にも満たない

 期間だった。しかし、おれの心の中に、

 ある一定の密度を保って、存在し続ける。

 

 比較すれば、今の生活のほうが絶対に

 マシだ。そういう意味で、その当時に戻る

 という選択肢があるのならば、まあ絶対に

 戻らない。

 

 戻らないのだが、何かこう、あれだ、

 説明が、難しい。

 

 ただ、あの夜営の、焚き火の時間にだけ

 戻りたいかもしれない。あの焚き火の時間と、

 今を行き来できれば、それでいい。

 

 

  しかし、玄想旅団を再結成する話も

 実はあるのだ。それは、もはや冒険者として

 の旅団ではないかもしれない。いや、ある

 意味冒険者と言えなくもないか。

 

 移動都市に参加しないか、という話だ。

 それも、移動都市建設のプロジェクトに

 参加しないか、という話ではなく、

 シリウス星系を一緒に目ざさないか、

 という話だ。

 

 まあ、おれの今の仕事も非常にうまくいって

 いる。妻の仕事もそうだ。それなりに歳も

 取った。あの頃のようにもう若くない。

 

 この話は、断ろうと思う。

 もはや落ち着きたいのだ。

 

 などという気持ちは微塵もない。誰に

 似たのか分からないが、おれにとって参加

 しないという選択肢はない。妻も、何の

 迷いもなく答えた。

 

 他のメンバーもそうだったらしい。

 元旅団の誰もが、何の迷いもなく、

 参加すると答えた。

 

  少し残念なのが、その移動都市の

 出発が、今のところ30年後を予定して

 いることだ。

 

 玄想旅団にいる間に、金は腐るほど稼いだ。

 名前も売れたので、トレーニング本を

 適当に、おっと、一生懸命書けば、それも

 売れる。

 

 仕事を辞めて移動都市の話を、建設プロ

 ジェクトの段階から手伝っても良いかな、

 と最近そう思うようになった。

 

 そうそう、ちなみに移動都市関連プロジェ

 クトは、オリガ・ダンが国からプロジェクト

 リーダーを任されている。

 

 かつてのトップクラス旅団の面々も、今や

 各界で活躍している。それらの、かつて

 一緒に戦った仲間たちも、プロジェクトの

 支援に乗り気だ。

 

 特に、元神姫旅団のメンバーは、財界の子息

 で構成されていた。その彼女らが、経営する

 企業グループの中でかなりの力を付け、

 そしてオリガの支援を検討している。

 

 オリガ本人は、移動都市そのものにも、

 建設プロジェクトにも、あまり旅団関係、

 冒険者関係の人間の支援を望んでいない

 と聞く。

 

 なんだ、水臭いじゃないか。

 

 

  ジネブラ・マキンは、引き続き教皇の

 スパイとして働いている。その任務は、

 アラキナ・ウッテンの意思を教皇に伝える

 ことである。

 

 アラキナは、いつかの洋館から、それが

 襲撃される前夜に光学迷彩の移動住居を

 使って脱出していた。

 

 母のダフネ・ウッテンは、一市民として

 監視されながらどこかで暮らしている。父を

 殺し、自分を殺そうとした母を助けようとは

 思わない。

 

 アラキナは、父を隠れ発展主義者だったと

 思っている。それに対し、母は生粋の反

 発展主義者だった。

 

 人間の、性悪説を唱える人間が、必ずしも

 本人自身が性悪とは思わない。だが、母は、

 間違いなく反発展主義でいうところの

 愚かな人間だった。そして、人一倍権力欲

 も強かった。

 

 アラキナは、父と母の子として、その両方

 を持ち合わせている、と自覚している。

 

 襲撃の前夜、遺伝子分布論というタイトルの

 本を読んだとき、いったん自分の中の

 反発展主義者が死んだ。すべてが人類の

 ためになっていると悟った。

 

 今、その反発展主義者が、息を吹き返そうと

 していた。いやそれは遠い未来かもしれない。

 強力な発展主義は、反発展主義を育てる。

 遺伝子分布論の記述を逆読みすれば、自然と

 そうなる。

 

 私は、必ず人類をシリウスに到達させ、人類

 を発展させる。それは、やがて負の面をも

 強化し、母の望む世界をもやがて生み出す。

 

 光と闇、どちらも、私の望むところ。

 

  物事は、螺旋を描きながら進み、やがて

 あざなえる縄のごとく、善を生み、悪を

 生じさせ、行きつ戻りつ、前に進む。

 

 その歩みは、蝸牛のごとく、見る者に

 その進みを感じさせない。

 

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