第46話 最速伝説

  標高1449メートル、ヘイゼル山の山頂、

 夏前の、暑くもなく、寒くもなく、星が、

 瞬く。いや、あれは星だろうか。

 

 片側一車線の道路に、二台のアナログカーが

 前後に並ぶ。前は、白と黒の2色トーン、

 少し直線的な形状、後ろは赤、曲線的な

 フォルム。

 

 前の車の斜め前に、人が立つ。エンジンを

 吹かす二台。暗がりの中で、山の木々が

 頭上に覆い被さる。 

 

 カウントダウンを始める。

「いきまーす! 5、4、3、2、1、ゴー!」

 腕を振り下ろす。

 

 白黒が勢いよく飛び出す、赤い車は急発進で

 はあるが、ツートーンから少し置いていか

 れた感じだ。

 

 まず90度の左カーブ、緩い右カーブからの

 右ヘアピン、少し進んで、緩い右カーブ

 からの左ヘアピン、

 

 少し進んで直線に入ったところで、前の

 ツートーンがカーブに消える。そして、

 二連続ヘアピン、

 

 直線がだいぶ続くが、ツートーンと赤い車

 の間にかなりの距離が開いていた。この

 コース上で最も速度の出る区間だ。

 

 町の夜景が見える。数人のギャラリー。

 

 展望台の横を過ぎ、うねったカーブが続く、

 右ヘアピンを過ぎ、しばらく直線に近い

 コースが続いて速度が上がる。そしてまた

 左ヘアピン、その直後に、

 

「よし」

 

 赤い車の運転席に座る人物が呟く。明らかに

 エンジン音に気合が入る。

 

 コンソールを操作して、音が鳴り出す。

 ずいぶん攻撃的な印象のダンスミュージック

 が、大音量で鳴り出す。

 

 そこから、この坂の名所となる、五連続ヘア

 ピンが近づく。ここは、実際は四連続しかない

 のだが、五連続ヘアピンと呼ばれている。

 

 そこを、赤い車は、先ほどとは異なるカーブの

 曲がり方で曲がっていく。車の四輪を、横に

 滑らせるような曲がり方だ。ハンドルを

 いったんカーブ方向に切り、そのあと逆側へ

 切って姿勢を制御する。

 

 四つのカーブ全てをタイヤを滑らせて曲がる。

 

 二連続ヘアピン、左カーブ、右ヘアピンで、

 ツートーンのテールランプが再び見え出す。

 そこから緩めのカーブが続くが、どんどん

 距離が縮む。

 

 最後に右カーブを曲がり、左手に駐車場が

 見え、そのあたりがゴールだ。けっきょく、

 ほぼ並んで同時にゴールする。

 

  車から降りてきた人物、ヴァイ・フォウ。

 見事な体格、鍛え上げられた肩、腕の筋肉。

 身長は170センチほど、体重は70キロ

 近くあるだろうか、短髪に整った顔立ち。

 

 そして、そのヴァイが乗る赤い車、ムゲンと

 呼ばれる。ヴァイが乗るのは、ムゲンの4つ

 目のディーモデルだ。自分の名前と通じる

 部分もあって、ヴァイは気に入っていた。

 

「タイムは?」

 

「3分15秒」

 

 答えたのは、オンドレイ・ズラタノフ、

 ヴァイより背が高く、ひょろ長く出っ歯。

 先ににダウンヒルを終えて、下の駐車場

 で待っていた。

 

「だいぶ早くなったね、ワルター」

 

 ヴァイより少し背が低く、ずんぐりした、

 丸坊主のワルター・テデスコが答える。

「後発のヴァイねえに追いつかれたけど」

 

「ヴァイねえは本気出すと3分切るでしょ」

「ヴァイねえは追いかける時しか本気

 出ないからなあ」

 

 その3人のすぐ後ろでニコニコ立っている

 いるのは、ヤーゴ・アルマグロ。

 オンドレイより少し背が低いだろうか、

 あまり特徴の無い地味な顔、痩せ型だ。

 

 彼ら4人は、走り屋チーム、金剛石の

 メンバーだ。ヴァイが17歳、残りの3人

 が16歳。

 

 ワルターの乗っていた白黒のツートーンの

 車が、トールの86型。オンドレイは、

 青のインキュバス、ヤーゴは黄のセベク。

 

「オンドレイが3分22で、ヤーゴが3分

 25かあ、じゃあ今日ベスト更新は

 ワルターだけだ」

 

「じゃあオンドレイんち行くか」

 

 それぞれの車に散ろうとしたが、そこに

 2名の大人が近づく。二人とも180センチ

 前後の身長がありそうだ。

 

「おまえらさあ、ちゃんと資格持ってんのか、

 見せてみろよ、あ、嫌なら通報すんぞこら」

 

 たまに地方から勘違いした人間が来る。

 たいてい年下の3人に任せるのだが、今日は

 ヴァイがとくに返事もせずに二人の前に

 立ち、にっこり笑う。

 

「おまえ言葉通じてんのか? 何か答えろおら」

 

 ヴァイの着ているよくわからないキャラの

 ティーシャツを掴もうとしたその瞬間、

 足を払われて一回転する男。

 

 もう一人は声を裏返らせて何か喚いてヴァイ

 に掴みかかろうとするが、ゴフっと呻いて

 うずくまる。ヴァイが体を沈めて踏み込み、

 胸元に肘撃ちが入っていた。

 

「おまえらなあ、手加減できんうちは素人

 相手に肘撃ち使うなよ」

 危険過ぎる、と3人に肘撃ちに関する

 アドバイスだ。

 

 素人扱いされてそろそろと逃げていく男二人。

 入れ替わりに、意を決したようにヴァイに

 近づく少女二人。

 

「ヴァイさん、これ、受け取ってください」

「彼女はいるんですか?」

 

「ああん?」

 と答えるヴァイと少女二人の間に割って入る

 オンドレイ。

「お嬢ちゃんたち、今日は遅いからもう帰りな、

 封筒は受け取っておくからさあ」

 

 年齢は若そうだが人相の悪い3人に阻まれて、

 少女二人は帰っていく。

 

「おれは女だって、彼女なんているわけない

 だろが」もう何回目だ、とぶつぶつ言いつつ

 車に乗り込むヴァイ、残りの3人もそれぞれ

 の車に乗り込む。

 

  オンドレイの実家は、銭湯をやっている。

 もう夜の11時を回っている。走り終わった

 あとに、ひと風呂浴びてそれぞれの家に

 帰るのだ。

 

 当然、ワルター、オンドレイ、ヤーゴの3人

 は男湯、ヴァイは女湯に入るのだが、客が

 少ないと、ヴァイは男湯にやってくる。

 

「サンボの試合、来週だっけか」

 ヴァイが湯船にのびのびと浸かっている。

 近所のおじさんもいるが、いつものことなの

 でおじさんも気にしていない。

 

「ヤーゴの怪我はもう大丈夫なの?」

「うん」

 

「少し筋肉付いたよな?」

 ヴァイがヤーゴに尋ねる。怪我を治している

 間に筋トレしたとヤーゴが答える。

 

「もう一人誰が出るんだっけ」

 今度はワルターが誰となく聞く。

 

「アナ・ボナでしょ」

 ヴァイとオンドレイが同時に答える。

 

 脱衣所でも、ヴァイは涼んでいつまでも服を

 着ない。16歳の男3人は、ヴァイに早く

 服を着てほしいと思っている。

 

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