第47話 市民大会

  サンボと呼ばれる格闘技のオープンの

 大会が行われている。対象は、16歳

 から18歳。たいていは各学校のクラブ

 で参加するが、民間クラブの参加もある。

 

 少し変わっているのは、団体戦が、一般

 クラスになっていることだ。つまり、男子

 も女子もエントリーできる。体重制限など

 もない。

 

 団体戦は、全部で128チームが参加して

 いる。優勝するには、7回勝たなければ

 ならない。

 

 ヴァイ・フォウ、ワルター・テデスコ、

 オンドレイ・ズラタノフ、ヤーゴ・

 アルマグロの四人は、すでにウォーミング

 アップを始めている。

 

 そばにいるのは、顧問役として来ている

 ニコロ塾の塾長、ニコロス・ニコロディ。

 アナ・ボナの遅刻には慣れている。それ

 ほど機嫌が悪そうには見えない。

 

 4人とも、黒の道着に、ニコロ塾という

 銀文字が胸に刺繍されている。4人とも

 黒帯だ。

 

 アナ・ボナが、道着に着替えて試合会場に

 降りてきたようだ。身長150センチ弱、

 体重は、おそらく今日のために少し増して

 いるだろうが、おそらく52キロ前後だ。

 

「おっす」

 

 アナは露骨に機嫌が悪そうだ。

 

「おまえ寝起きかよ」

 

 ヴァイの問いかけに、そんなことないよ、と

 大あくびをしながら答える。ニコロ塾長と

 目が合い、はい、と言ってストレッチを

 始めるアナ。塾長とアナはほぼ同じ身長だ。

 

 塾長も道着を着ており、アナのアップを

 手伝う。打ち込みを20本の5回ほど行い、

 投げ込みを綺麗に受ける。

 

  ウォーミングアップも終わり、塾長が

 5人を集める。

 

「ベスト16でキムラ塾と当たるな、わかって

 いると思うが、そこが勝負だ」

 

「おやっさん、まずは一回戦でしょ」

 ヴァイが塾長の話を遮る。塾長は、その通り

 だな、でもここでは先生と呼べ、と答え、

 オーダーを発表する。

 

 先鋒がアナ・ボナ、次鋒がヤーゴ・アル

 マグロ、中堅がワルター・テデスコ、

 副将がオンドレイ・ズラタノフ、

 大将がヴァイ・フォウ。

 

 ほぼ体重順のオーソドックスなオーダーだ。

 今日の大会は、試合ごとにオーダー変更も

 可能だが、塾長は変えるつもりはないと言う。

 

 場内アナウンスが10分後の試合開始を

 告げる。ニコロ塾は、第一試合場の、

 8試合目だ。少し時間がある。

 

 5人制の試合時間が4分のため、2時間ほど

 ありそうだが、フルに戦う試合ばかりでは

 ないため、進行状況をいちおう気にして

 おかなければならない。

 

  1時間半ほど経過して、試合状況を監視

 していたヤーゴが呼びにくる。いよいよ

 一回戦だ。

 

 並んだニコロ塾を見て、相手側の先鋒が、

 明らかに余裕の表情になる。その選手も

 男子の軽量級だが、女子が相手なら余裕

 ということだ。

 

「あれ?」

 

 相手の副将と大将、どこかで見た顔だ。

 相手もこちらに気づいたようなそぶりだ。

 確か、ヘイゼル山で見た二人だ。

 

 その時は、顔が老けて見えたのでまさか

 18歳以下だとは思わなかった。

 多少は腕に自信があるということか。

 

 先鋒戦が始まる。アナは、開始早々

 組際の左足払いで有効を取る。そして

 いったん離れたあと、

 

「たーぁはっ!」

 

 組際に左の払い腰で一本勝ち。

 当たり前のように開始戦に戻り礼をする

 アナ。あっけに取られる相手チーム。

 

 次鋒のヤーゴも開始1分とかからず

 上四方固めで一本勝ち。中堅のワルター

 は自分より背の高い相手に合い四つ

 からの右内股で一本勝ち。

 

 副将のオンドレイの相手は、ヴァイが

 肘撃ちを決めた相手だ。オンドレイも、

 試合中に肘撃ちをする素振りを見せる。

 もちろん反則だが、

 

 相手は嫌がって半身になる。そこを

 狙った右体落としで一本勝ち。

 

 そして大将のヴァイ。相手の大将は、開き

 直ったのか、思い切って飛び込んでくる。

 右手でヴァイの奥襟を叩きにくるが、

 余裕で受け止めるヴァイ、ニコリとして、

 

 左手を突っ張った直後の左足払い。

 やっぱりー、と叫びながら受け身をとる

 相手の大将。

 

  けっきょく、2回戦、3回戦もほぼ

 全員1分以内に一本勝ち。そして、

 キムラ塾との対戦となる。

 

 キムラ塾も、似たような戦績で圧倒的に

 勝ち上がって来ている。両チームが並び、

 声援が聞こえてくる。キムラ塾がかなり

 有名なチームだからだ。

 

 オーダーは、先鋒トウドウ、170センチ

 90キロ、次鋒ミワ、172センチ65キロ、

 中堅ホンダ、175センチ80キロ、

 副将キムラ、180センチ100キロ、

 大将タナカ、182センチ120キロ。

 

 キムラ塾もオーダーは初戦から変えていない。

 ポイントゲッターは、トウドウ、ミワ、

 キムラだ。残りの二人も、並みのチームなら

 軽くポイントゲッターになれる。

 

「はじめ!」

 

 先鋒戦が始まる。トウドウもアナも左組手

 だ。開始から、左自然体でお互い素直に

 組み合う。

 

 アナは、悪い形にならないように、トウドウ

 の左手、釣り手の位置をしっかりと下げる。

 これが上がってくると、首を制されて

 技が極まり易くなる。

 

 逆に自分の釣り手の位置をじわじわと上げ、

 左の払い腰を狙うアナ。足技の応酬から

 一気に体を開いて払い腰に入る。

 

 が、さすがにトウドウの90キロの腰は

 思い。戻り際に左足払いで崩し、そのまま

 押し込む。なんとか耐えようとするが、

 押し込まれて有効を取られてしまうアナ。

 

 そのまま寝技に持ち込もうとするトウドウ

 だが、アナは寝技の守りはうまい。

 待てがかかる。

 

 開始線に戻り、トウドウがキムラ塾顧問、

 キムラの方を見て、キムラもうなずく。

 そのペースで行けという意味だ。

 

  試合が再開し、アナが大きく両手を挙げて

 さあ来い、と声を出す。そのまま先ほどの

 形を期待したトウドウだが、アナは簡単に

 組まず、トウドウの右手袖口を左手で掴む。

 

 そのまま押し込んでトウドウの上体を

 起こさせるアナ、動きながら右釣り手を

 確保してパタパタと煽りながら突き出す。

 

 押し込まれて体勢を立て直そうと上体で押し

 戻すトウドウの前に、アナの姿が消える。

 股下に潜り込んだアナ、引き手を手前に

 落とし、完全にアナの腰に乗ってしまう

 トウドウ。

 

 体が綺麗に回転する。

 

「一本!」

 

 アナの右背負い投げが決まった。

 

 会場が一時騒然となる。腕を組んで座る

 キムラ塾塾長、マサコ・キムラの眉がピク

 ピク動くが、顔色は変えない。

 

 礼をしてアナが戻ってくるが、ニコロ塾の

 ニコロス・ニコロディも負けじと顔色を

 変えず、アナに「よし」とだけ言う。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る