第4話 穴居人

  移動住居ラウニを出発させ、目的地へ

 低速で進める。その間に、仕事と研究を少し

 だけ進めておく。部屋の気圧を少しづつ調整

 する。

 

 目的地とは、ヒマラヤ山脈の九千メートル級

 の山、その中腹の絶壁。そこにある、

 秘密基地だ。

 

 ダージリン村からは近いのですぐ到着する

 のだが、気圧に慣れるために時間をかける。

 

 リモートから操作すると、自然に模した岩が

 上に開き、開口部が現れる。そこに、移動

 住居ラウニを差し込んでいく。

 

 ラウニがすっぽりと入ると、入り口を閉める。

 側面の扉から出ると、人が通れるほどの

 スペースがあり、入り口近くに歩いていくと、

 しゃがんで通れるほどの小さい通路がある。

 

 そこを抜けると、3メートル四方、高さ

 2メートルもない小部屋だ。そこに機材を

 持ち込む。透明の風避けシートを突っ張り

 棒で設置する。ヒーターを点ける。

 

 そして、ここも内側から操作して扉を開ける

 ことができる。だいたい6千メートルの高さ

 から外を眺めることができる。

 

 タピオとウッコも連れてくる。小部屋の中

 には、断熱マット、その上に、小さな

 テーブルと、専用のブランケット、

 コタツと呼ばれる暖房器具だ。

 

 ヒーターで暖めているものの、そこそこ寒い。

 上半身は冬山の装備だ。コタツもほどほどに

 温もってきた。タピオは半分、ウッコは

 中に入ってしまっている。

 

 卓上コンロに鍋、食材も持ってきているので、

 とりあえずお昼にする。お湯を沸かして乾麺に

 少しの野菜、そして最後に卵を落とす。

 

 だから何なのだと言われると、それまでで

 ある。こういうことをすることに、何か意味

 でもあるのかと聞かれると、特になし、

 と答えるしかない。

 

 私は悪くない、これを造った人間が悪い。

 こんなものを造られたら、来てみるしかない。

 ディサが小さいころ、ここに小さなテントを

 張り、数日暮らす動画を見てしまったのだ。

 

 折り畳みアンドロイドのペッコに、タピオと

 ウッコのエサも持ってきてもらう。

 持ってくると、寒い寒いとうるさい。

 

 お昼を食べて一息ついたので、携帯端末で

 何か適当に動画を流しながら、ダージリン村

 で取れる茶葉を使ったティーを作る。

 

 デザートはフルーツだ。昔から言われている

 コタツに入る際に食べる定番のものだ。

 柑橘系のグレープフルーツという果物を、

 半分に切って砂糖をまぶして食べる。

 

 携帯端末から流れる動画は、南国の島国の

 風景だ。ビーチに波が打ち寄せる映像が

 永遠と流れる。

 

 次はどこへ行こうか。

 

  気づくと、少し眠っていたようだ。

 足に感触がある。おそらく、ウッコが靴下の

 上から足を齧ろうとしている。動くとびっくり

 して、コタツから飛び出したが、冷気を

 感じてまたすぐ戻る。

 

 ディサの仕事は、現地へ行って確認しなければ

 いけない作業もあるが、家で済ますことが

 できる作業もある。

 

 現地確認は年間でスケジュールを組めばいい

 のと、短期間でそれほどたくさん周らな

 ければいけないというわけでもないので、

 余裕がある。

 

 研究のほうはなるべくコンスタントに結果を

 報告したいのはあるので、週のうちの1日

 か2日は当てたいが、場所は選ばない。

 

 一応年間で周回する現地の順は決めているので

 あるが、やろうと思えば順序を変えることも

 可能だ。

 

 しかも、移動住居は、夜間に勝手に目的地に

 着いてくれる。なので、空きの日と夜間の

 移動を使えば、けっこう好きな場所へ

 行けるのだ。

 

 年間で1週間や2週間の休暇もとることが

 できるのだが、そこは月の実家に帰りたい。

 本部報告の日程の間も実家には寄れるが。

 

  ディサは、数か月前に、徒歩で実際に

 この山を登頂している。その時は、専門家の

 チームに混ぜてもらい、反重力ジャケット

 着用だが使用無し、酸素ボンベありの

 公式登頂だった。

 

 ディサ自身は公式に登頂したかどうかにあまり

 こだわってはおらず、この秘密基地を使う

 前に、この山脈の神々に挨拶しておいたほうが

 よい、そう思ったからだ。

 

 と言って、別に挨拶無しにここを使った人が、

 何か不幸に遭った、という話もないが。

 

 実家では特に父が登山好きだった。ディサが

 幼いころに、月近辺の山にも登ったし、

 地球の山にも登ったことがある。

 

 月近くの宇宙構造都市には、3千メートル級の

 山をもつものがあり、愛好者たちが集まる。

 木星圏や土星圏には、もっと本格的な、

 8千メートル級の山をもつ都市もあると聞く。

 

  夕方になって、そのままこの穴ぐらで朝まで

 過ごすことも考えたが、家で寝ることにした。

 機材を撤収する。

 

 移動住居ラウニを発進させ、絶壁のマウント

 ポイントの扉をリモートで閉める。

 そして家を、山頂から数百メートルの位置

 につける。

 

 外は月あかり、天気はいい。

 リビングのテーブルに、この山と家の

 3D画像を映し出させる。有り合わせの夕食

 を食べながら、窓からは月が覗く。

 

 今日はこのままリビングのソファで寝よう。

 自分がこの中空で浮いていることを強く

 意識すると、膝から太ももの裏のあたりが

 ゾクゾクしてくる。

 

 この感覚が好きだから、ここに来るの

 かもしれない。

 

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