2、詰んだ春姫の話



 サラと名乗った女性は、食事の乗ったワゴンをベッドまで寄せてくれる。ベッドに座ったままご飯なんて、なんか本当にダメ人間になった気分になるよね。

 コーンスープみたいな香りのスープは、そのままコーンの味がした。甘みは少ないけどこれはこれで美味しい。軽く炙ったベーコンみたいなお肉と、木の実が入っている硬い黒パンは温めてくれたみたいで、手でちぎると中はモチモチしている。


「うん。美味しいです」


「それはようございました」


 笑顔でサラさんは果物を絞ったというジュースをコップに注いでくれる。食器は全部銀製っぽいけど、お手入れとか大変そうだよね。銀って毎日磨かないと、すぐに黒ずんじゃうし。

 しばらく無言でもぐもぐしてから、ふと疑問に思ったことをサラさんに聞いてみる。


「あの、私がここにいるって、知ってたんですか?」


「少し前から塔が輝いていました。選定に入っている合図ですので、もうすぐ春姫様が来るのだと分かったので、塔のお掃除やお迎えする準備をしていたんですよ」


「でも私と会った時に、最初すごく驚いてたような気がするんですけど」


「先程は失礼いたしました。まさか言葉が通じると思っていなかったもので……」


「え?」


「私は塔勤めが初めてなので、聞いた話なのですが……歴代の春姫様は言葉が通じず難儀していたと」


「言葉、通じますよね? あれ?」


「はい。しっかりと共用語を話されていますね」


「共用語? 日本語じゃないの?」


「ニホン語でございますか? 私は学がないので、他の国の言葉は話せないのですが」


 なんと! 私はいつの間にやら異世界語がペラペラになっていたのか! すごいぞ!

 喜ぶ私に、サラさんは微妙な顔をしている。


「えっと、言葉が通じるのってダメです?」


「そのようなことはございません。あの、姫様方は神王様から特別な力が二つ与えられると言われてまして」


「なるほど。言葉が通じるのはその力のせいかもってわけか」


 後半はブツブツ独り言のように呟く私に、サラさんがベッドの側にあるサイドテーブルを指差す。


「春姫様、こちらは?」


「え? 本? 私のじゃないけど……『チュートリアル』!?」


 どこかで聞いたような言葉がその本には書かれている。


「ちゅーとり? そのように書いてあるのですね」


「サラさん、これ読めないとか?」


「ええ。何か記号のようなものが描かれていますね」


 じっと見ると日本語のように見えるけど、脳内に直接文字が入っていくる不思議な感じで少し戸惑う。

 1ページ目をめくると、姫の準備、姫の心得、姫の仕事、姫の生きる道……などなど章ごとにまとめられている。


「これは『姫』のことについて書かれているみたいです。とりあえずこれを読むことにします」


「さようでございますか。では、御用がありましたらベルでお呼びくださいませ」


 ペコリと頭を下げてサラさんが部屋から出て行こうとするのを呼び止める。


「あの、きっと私はサラさんよりも年下なのにお世話してもらってすみません。あと普通に話してください。なんだか落ち着かなくて……」


「春姫様は神に選ばれた尊い御方です。私には貴女様くらいの子供もいますし、お世話するのは苦ではないですよ」


「え? 私くらいの子供?」


「そうですね。そろそろ恋人の一人でもと思っているのですが」


「ちょ、ちょっと待ってください! サラさんておいくつで?」


「三十になりますね。娘も十三になります」


「はいっ!?」


 サラさんって年下!? 十歳は上だと思っていたよ!?

 ちょっと待って。ちょっと落ち着け私。せいせいせい。

 確かに日本人は若く見えるとか海外旅行のテンプレイベントだったりするけど、いくらなんでも十三の子と同じとか有り得ないだろう。

 ん? これはまさか……なるほど。サラさんったら、姫とかなんだって私を持ち上げているんだな?


「もう、サラさんったら。私はこう見えてサラさんより年上なんですよ?」


「春姫様ったらご冗談を。私より年上で『姫』に選ばれるわけないじゃないですか」


「はぁ?」


「私は早い方でしたが、どんなに遅くても二十代で結婚しますでしょう?」


「はぁ」


「それに清らかな者でなければ『姫』になれませんから」


「はぁ」


「もう、ご冗談がお上手ですね。勤め先が『春の塔』に決まった時にはどうなることかと思いましたが、今代の春姫様がお優しくて安心いたしました。では他の仕事もありますので、しばらく失礼しますね」


「はぁ」


 閉じたドアからしばらく目を離せない私は、そのままポスリとベッドに横たわった。

 なんということでしょう。

 この世界では三十代で独身などという女は、常識から外れているようです。


「ということは、この世界で私は結婚できないってこと?」


 元の世界では『おひとり様人生』を覚悟していたつもりだったけど、実際それしか選択肢がないと思うと絶望しかない。

 しかも、この世界では私は一人。知り合いもいない。家族は……まぁ、いないようなもんだったからいいけど。


「どうしよう。私は無力だ。そして無職だ」


 もしこの世界で結婚できていたら、扶養されるという素敵ルートもあっただろうに。なんという悲劇。私はただ毎日を平凡に、好きな漫画を描きながら楽しく生きていたいだけだったのに……。

 暗い気持ちになった私は、サイドテーブルにある『チュートリアル』を手に取ってみる。


「まずは、これを読んでみよう。何か分かるかもしれない……よね?」


 おそるおそるページをめくる。

 そこには、私の予想だにしないことが記されていた。


  はじめに。

  この本を手に取った貴女は『フィアテルエ』に選ばれた『四季の姫』です。

  この世界では神王に選ばれし四人の姫がいます。

  彼女たちは季節を変えていく大事な役割を担っています。

  その一人が貴女です。

  選ばれし『春姫』である貴女であれば、何も難しいことではありません。

  では、まずはじめに『春姫』として『騎士』を選びましょう。

  貴女の結婚相手になるかもしれない人たちですから、慎重に選んでくださいね。


「結婚相手になるかもって!! 結婚できない詰んだ女が選べないっつーの!!」


 叫びながら思わず壁に本を投げつけようとしたけど、いやいや落ち着けもちつけ私とクールダウンする。もしかしたら元の世界に戻る方法があるかもしれないし。


  ちなみに、元の世界に戻ることは不可能です。


「コンチクショウ!!」


 今度こそ私は本をを壁に投げつけた。


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