40、お迎え姫と本気を出す騎士
「お迎えに行きましょうか、姫君」
「へ? 何で?」
「もう何度目か分かりませんが、窓の外を気にしてらっしゃるようなので」
ジャスターさんに言われて気づく。この世界の音楽について書かれている本は数ページ目で止まったままだし、撫でる手が止まっているせいか、膝の上のアサギが不満げにタシタシ足踏みしている。可愛い。
「窓の外を見るのは、すでに五十回を越えたところですね」
数えてたんですか。セバスさん。
「朝に出たきり、もう昼を過ぎましたからね。モーリスが一人分多く作ってしまったと怒ってました」
余った分は、アサギが美味しくいただきました。
そうそう、神王の『麟』であるアサギも私たちと同じご飯を食べれるようになったんだよ。何をあげても食べてくれなかったんだけど、食べ物を天に捧げるようにする『お供え』をすれば良かったんだって。
姫読本には食べなくても大丈夫って書いてあったけど、気分的に一緒に食べたいから今度から積極的にお供えしていくつもりだ。
「レオさんのいる姫学校って、遠いんですか?」
「馬を走らせればそう遠くはないですよ。セバス殿、自分が付き添いますが塔は大丈夫ですか?」
「モーリスが塔に居ります。警備の方はご心配なく騎士様」
ジャスターさんの言葉にセバスさんは優雅に一礼する。
この世界の神様が創った塔だから警備とか不要かと思っていたけど、どうやらそうでもないらしい。
『きゅきゅ!』
「アサギも行くの?」
『きゅ!』
チワワくらいの大きさのアサギは、私の肩に乗ると得意げに『きゅーっ!』と鳴いた。うん。完璧に私を乗り物扱いしているね。可愛いぞ。
そんなアサギをジャスターさんは何ともいえない表情で見つつ、サラさんを呼んで出かける準備をするのだった。
なぜか春の紋章の付いていないシンプルな馬車が、御者付きで手配されている。サラさんが用意してくれていたシンプルなネイビーのワンピースに、フード付きのポンチョを身につけた私。護衛にジャスターさんと付き添いにサラさんを伴い、小一時間ほどかけて姫学校に到着した。
アサギはフードの中に入ってご満悦だけど、外に出る時にフードをあげてしまったので少し不機嫌だ。
「ほら、服の中に入ってれば温かいでしょう?」
『きゅー』
ワンピースのボタンを二つほど開けてアサギを中に入れると、ジャスターさんが「なっ!?」と何か言った気がしたけど、サラさんが満面の笑みを浮かべて私の目の前に来た。
「さぁ姫様、馬車から出ましょうか」
「ジャスターさんは?」
「さぁ姫様、馬車から出ましょうか」
うーん、こういう時は逆らわないでおこう。サラさんの満面の笑みがすごい件。
騎士学校の時も思ったけど、姫学校もミッション系の学校みたいな外観だ。レンガ造りのモダンでオシャレな造りの建物が、私の何かを掻き立てる。
「ここに姫を目指す少女たちが集うんだね」
「実際は花嫁修行の場であり、半年に一度ある騎士学校との交流会で婚活する場でもありますが」
「夢がないよ。サラさん」
「姫君、筆頭はダンスホールにいるそうですよ」
姫学校の見学には許可が必要で、その許可は通常なかなか得られないらしい。ジャスターさんは『交渉』を使って塔の関係者として入場の許可をもらい、ついでにレオさんの居場所を聞いたとのこと。
あれ? どうしてレオさんは、すぐに許可をもらえたんだろう?
「姫君、こちらですよ」
「ジャスターさん、ここでは姫じゃないです」
「了解です。お嬢様」
ジャスターさんはメガネを指でクイっと上げると、私の手をひいてエスコートしてくれる。サラさんも静々と後ろからついてきてくれている。
「アサギ、ちょっと大人しくしててね」
『きゅ!』
私の胸元で鳴いているアサギを見たジャスターさんの笑顔が怖い。
なぜか怯えながら案内されたダンスホールに着いた私の視界に、色とりどりのドレスを着た美少女たちが飛び込んでくる。ふぉぉ、極彩色。
「レオ様ぁ、わたくしと一夜を共にしてくださいましぃ」
「青の騎士服が素敵ですわぁ。他の騎士様はいらっしゃらないのぉ?」
「あー……悪いな、俺は今、それどころじゃなくてだな」
色とりどりな衣装の中心に、紺色の髪をした高身長の青い騎士が一人。
困ったような顔をしているけど、満更でもなさそうなレオさんの表情にイラっとする。これはお仕置きかなとジャスターさんを見ればコクコクと頷かれた。
よし。こうなったらガンガン攻めていくよ。
「レオさん」
「ひめ……お嬢さん! 迎えに来てくれたのか!」
呼びかければ嬉しそうな笑顔を見せるレオさん。ダメなんだからね。騙されないんだから。
……まぁ、とっさに私のことを「お嬢様」呼びしたのは偉かった。褒めてつかわす。
私が呼びかけたのに、レオさんは姫学校の美少女たちに囲まれて動けないようだ。呼んでも来てくれないことにガッカリした私に、ジャスターさんが申し出てくれる。
「まったく筆頭は……しょうがないですね。自分が本気を出しましょう」
「本気?」
そう言ったジャスターさんは、メガネを外した。
「え……?」
メガネを外したジャスターさんは、無敵だった。
光を反射して煌めく銀髪、宝石のような紫の瞳に、白く滑らかな肌は女性かと見紛うほどに美しいものだ。
そして、彼の恐ろしいくらいに整った顔には、甘くトロトロな笑みが浮かんでいる。
「ジャスターさん?」
「何ですか、姫君」
「そのメガネに、認識阻害するような何かが付いてますか?」
「いえ、特には……普通のメガネですよ?」
「はぁ、そうですか」
「???」
キョトンとしたジャスターさんは、ダンスホールに集まっている姫修行の真っただ中な少女たちの格好の餌食になる。
見よ! この美しき顔(かんばせ)を!
「う、美しいですわ!!」
「こんな騎士様がいらっしゃったとは!!」
「銀髪に紫の瞳……かの有名なエルフの民のようですわぁ!!」
群がるご令嬢を的確にさばいていくジャスターさん。すごく手慣れている。さすがだ。
それと入れ替わるようにして、疲れた顔でこちらに来たレオさんを私はジロリと睨む。
「レオさん、時間かかりすぎです。ひと晩って何ですか?」
「おい姫さん、俺は清廉潔白だからな?」
慌てるレオさんのことを、私とサラさんは半眼で見ている。
清廉潔白って、言葉の意味から調べないとダメなやつだよね? せいれんって何ぞやってことだよね?
「キャー!! ステキー!!」
「ジャスター様!! 美しいわー!!」
また一つ私は学んだ。
ジャスターさんはメガネを外すと、めちゃくちゃ美人オーラを発揮するというスキル?を持っているということを。
すごいな。こんなこと現実に有り得るんだ。
「メガネ補正、しゅごい」
でも私はメガネのジャスターさんも格好いいんだけどなぁ。美少女たちに囲まれながらも、こちらを見てふわりと微笑むジャスターさんに顔を赤くする私は、彼にはメガネが必須だと強く思うのだった。
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