39、日常とは学びの時間である

 初の儀式を成功させ、塔に帰還した翌日。

 塔の近くにある町では「春姫が儀式に成功した」という事実が知れ渡りお祭り騒ぎになっていた。そこに行軍で活躍した傭兵団の奮闘や、姫の騎士たちの活躍があちらこちらで語られているらしい。


 語られている……とはいっても、これはジャスターさんが情報拡散したせいでもある。レオさんの強さなどを広めておけば、次の行軍に参加する傭兵に繋がるからだそうだ。

 多少魔獣が出ても傭兵は気にしないけれど、今回は大量だったからね。レオ大明神がいれば大丈夫ってアピールしておく必要があるんだろう。


 朝食の時間のかなり前に目が覚めた私はモーニングティータイムだ。レオさんとジャスターさんの朝稽古をしていて、今日はそこにサラさんの夫モーリスさんも加わっている。朝食の仕上げはサラさんがやってるとのこと。

 どうやら料理人であるモーリスさんは、レオさんとジャスターさんの鍛錬に参加できるほど強いようだ。あの筋肉は伊達じゃなかったんだね。ムッキムキだもんね。


「彼は元傭兵ですからね」


「傭兵を引退してからの料理人ですか……怪我をしたからとか?」


「いえ、趣味でやっていた料理を本職にしたかったようですよ。まさか王家専属にまで登りつめるとは思いませんでしたが」


「モーリスさんすごいですね」


 世の中そう上手くはいかないものだ。膝に矢を受けて引退するとか、そもそも魔獣相手なら矢を受けるなんてことはないだろうし、もしそうだったら塔の関係者になった時点で私が治しちゃうよね。

 

 セバスさんが用意してくれたお茶をいただきつつ、私は優雅に本をめくっている。お久しぶりの『姫読本』を引っ張り出して、中身が更新されているかの確認をしているのだ。

 最初はころころ変わっていたタイトルも、今は『姫読本』で落ち着いてしまっている。適当に付けたやつだけど良いのかそれでいいのか、謎本よ。


「あ、『麟の章』が追加されてる。これでアサギのことは大丈夫かな」


「ようございましたね。食材など必要なものがあれば何でもおっしゃってください。お手伝いいたしますよ」


「ありがとうセバスさん。あとは恩寵については……あ、私だけじゃなくて、騎士たちの恩寵も載ってる」


「春姫様、差し出がましいことを申しますが。塔から長く離れる時、この本は持ち歩いた方がよろしいのではないでしょうか」


「そう……ですね。前は変な感じだったけど、今見たらだいぶまともな事が書いてあるみたいです。神王様がらみなのか謎ですけど、持っておくようにします」


「ええ、それと言葉は崩してくださいませ。サラと同じようにしていただかないと……セバスは寂しゅうございます」


 はうっ!! 自分のことをセバス呼びするなんて卑怯よっ!!

 でも、こういうのってなかなか変えられないんだよね。ほら私って、か弱い小心者な日本人女子だからさ。


「お願いします。ハナお嬢様」


「変える! 今すぐ変える! ほら変えた!」


「感謝いたします」


 はうっ!! 笑顔のセバスさんが眩しい!! 目尻のシワと口髭がラブリー!!

 たまにセバスさんはこうやって私のことを「お嬢様」呼びして喜ばせるんだよね。あと姫じゃなくて「ハナ」って呼んでくれるのが密かに嬉しかったりする。


「おやおや、うちの姫君は年上に弱いようですね。こうなると自分にも望みがあるのかと期待してしまいます」


「ジャスターさん、おかえりなさい」


「……ただいま戻りました。我が愛しの姫君」


 なんで挨拶しただけなのに、悩殺甘々トロトロ笑顔を向けてくるのでしょう。この銀髪美形メガネは。ありがとうございます。

 それにしてもジャスターさん、稽古していた割には汗をかいてないですね。


「モーリス殿と筆頭が組手に夢中だったので、自分は傭兵団の様子も見に行っておりました」


「あれ? 私、声に出してました?」


「ふふ、姫様は分かりやすいです。素直な良い子ですね」


「良い子って……こういうのは、ジャスターさんだから分かるんじゃないんですか?」


「春姫様の素直さは、とても素晴らしい長所だと思いますよ。良い子ですよ」


「セバスさんまで!?」


 サラさんが朝食の準備ができた頃には、子供扱いされて盛大に膨らんだ私を宥めるジャスターさんとセバスさんがいた。

 私が小さいんじゃない。異世界人がデカすぎるんだ。ちくしょう。







 インクの香りがする書庫の中で、私はひたすら背表紙のタイトルを目で追っている。

 前任者……というか、ここに本を集めた人が整理していたようなんだけど、目録がないからどのジャンルがどこにあるのかさっぱり分からない。


「姫様、塔の管理者はまだ募集していますが、書庫の管理を専門とする者も加えましょうか」


「うん! ぜひともお願い! もちろん予算内なら本を増やしてもらっていいし、ジャンル……種類を問わずこの世界の本に詳しい人は大歓迎だよ!」


「姫様のお探しだった音楽関係のものはここに少しありますが、姫教育の教本はありませんね」


「取り寄せることはできそう?」


「国からの定期便に要望を出しておこうとも思いましたが、筆頭騎士様に依頼しておきました」


「レオさんに?」


「姫学校のお知り合いが多いそうなので」


「……ふーん」


 別に、おもしろくないとか考えてないんだから。ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、女の子たちにモテるんだなぁって思っただけなんだから。

 うわぁ、私もしかして今、ツンデレみたいなこと考えてなかった?


「ご心配なさらずとも、寄り道はせずに帰ってきますよ」


「……なんで分かるの?」


「私も驚きましたが、この件を依頼したところ、筆頭は何度もジャスター様に代わりに行くよう言ってましたから」


「そうなんだ」


「ジャスター様は塔でやることがあるとおっしゃってましたね。今回の行軍の経費の計算から、次回までに何が必要かなどの書類整理をされているとのことです」


「どうしよう、ジャスターさんにそういうの任せっぱなしだよ。申し訳ない」


「姫様は姫様にしか出来ないことをやってらっしゃいます。適材適所、ですよ」


 分かっちゃいるけど、なんだか申し訳ない気持ちになるのは何でだろう。『姫』なんて呼ばれているけど、やっぱり私は自分に自信がないままだ。

 私にしか出来ないこと。確かにそれはそうなんだけど、やっぱり代わりはたくさんいるんだし、別に自分じゃなくても良かったんじゃ……。


「姫様、サラは怒りますよ」


「ごめんなさい」


 やっぱり顔に出てたみたい。サラさんに怒られたくないから、自己評価を低くする癖を直さないと。

 そう簡単には直らないと思うけどね。

 どうにか恩寵でポーカーフェイスになれないかなぁ。

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