27、不思議な生き物


 手練れの傭兵さんたちでも魔獣には数人で狩っているそうだ。それなのにキラキラの彼は迷わず襲いかかる魔獣に向かっていってくれた。


「なんで……あ、そうか」


 レオさんの『鉄壁』を彼は知らなかったのかもしれない。いや、知ってたとしても私が騎士たち守られていることを、彼は知らないのだ。


「戻って! 私なら大丈夫だから!」


「姫様、もっと奥にいないと」


「でも、あの人が!」


 そこに飛び込んできたのは紺色と銀色と、春を象徴する鮮やかな青色の騎士服。知らず目尻に溜まっていた水滴がポタリと床に落ちる。


「姫さん!? 泣いてるのか!?」


「この魔獣のせいですか……筆頭、瞬殺でいきますよ」


「当たり前だ」


 何でこんな乱戦で一滴の涙に気づいてしまうのか。過保護がすぎる騎士二人は、色々な意味でちょっとヤバい域に達してる気がする。

 一人で奮闘する金髪騎士に「よくやった」とレオさんが声をかけると、そのままガクリと膝をついてしまった。思わず身を乗り出す私をサラさんは優しくとどめて冷静に言葉を発する。


「あれは体力不足ですね。国の騎士にありがちな現象です」


「そ、そうなんだ。よかった」


 ホッと息を吐く私は、飛び出していったレオさんとジャスターさんに目を向ける。


「全てを詳らかに、魔獣を『鑑定』……筆頭、右足に核があります」


「今度は右足か……よっ!」


 サラさんに奥へと引っ張られてしまったので、レオさんとジャスターさんの声しか聞こえない。それでも心配でしょうがなくて、どうしても外へと向かってしまう。


「姫様!」


「でも、二人が……あと派遣さんも……」


「大丈夫ですよ姫様。『騎士』の力を信じてやらないと、彼らが拗ねちゃいますよ」


 えー、子供ならともかくオッサンが拗ねても可愛くないなぁ。

 思わず子供みたいなレオさんたちが頭に浮かんでクスクス笑ってしまう。すると、腕の中にいた小さな生き物がモゾモゾと動いている。


「そういえばこの子……」


「子犬でしょうか? あら姫様そのお姿は……」


 泥だらけの小動物を抱き上げていたから汚れているのはともかく、私は自分がどんな格好していたのかに気づく。

 おとなしめではあるけれど、いわゆる「ネグリジェ」だった私。


「ひえぇ……ははは恥ずかしいっ!!」


「とりあえず、このショールを肩にかけておきましょう。戦闘は終わったようなので傭兵や騎士様たちが戻ってきてしまいますよ」


「そ、それは困りゅましゅ!!」


 慌てる私に対し、冷静にサラさんが寝室へ案内してくれる。備え付けのお風呂を用意しにいったサラさんに礼を言うと、未だ小刻みに震える小動物を抱いたまま椅子に座る。


「君、もう大丈夫だよ。怖いのはオジ……お兄さんたちが倒してくれたからね」


『きゅ……』


 震えながら、私のことを見上げるその動物は、なんともいえない愛らしさだった。

 一瞬チワワ?と思ったけど、足にはヒヅメがあって背中は薄っすらと水玉模様がついている。それがまた可愛くて可愛くて……。


「なんだか分からないけど、可愛い!」


『きゅきゅ!』


 その柔らかな毛はお腹に向かってモフモフになっていく。これはきっと大人になってもお腹の毛はモフモフしているに違いない。やばい。飼ってもいい? だめ?


「……ん? 背中の水玉模様……ヒヅメ……どっかで見たような?」


『きゅ?』


 私が首を傾げると、目の前の子もつぶらな瞳を瞬かせて首を傾げる。うん。可愛い。


「姫様、お風呂の支度が出来ております。その子は私が井戸で洗ってきましょう」


「ダメだよサラさん! 井戸なんて水が冷たすぎるよ!」


 抵抗むなしく、私の腕から取り上げようとするサラさんに「パチッ」と火花のようなものが散った。


「痛……くはないのですが驚きました。姫様ご無事ですか?」


「私は大丈夫。静電気かな?」


「セイデンキかは分かりませんが、この動物から何か出てきたような気がします」


 首を傾げるサラさん。その隙に私は「心細いから一緒に入ってくる」と言いながら、一人と一匹で浴室に入り込むのだった。







 嫌がるかと思ったけど予想外に大人しく洗われた謎の生き物をタオルで包み、普段着のワンピースに着替えた私が寝室に戻るとレオさんとジャスターさんがゆったりとお茶を飲んでいた。

 サラさんが私が持っているタオル巻きを受け取ろうとしてくれたけど、大丈夫と首を振る。また静電気みたいなのが出たら困るからね。


「状況説明を受けていたが、姫さんだいぶお転婆だったと聞いたぞ」


「う、ごめんなさい。この子の声が聞こえて、居ても立っても居られなくて……」


 レオさんの言葉にしょんぼりした私だけど、めっという顔をするジャスターさんは可愛いので思わず笑ってしまう。それでも私が危ないことをしたのは良くなかったと、頬を叩いて神妙な顔をしてみせた。


「姫君、その子を見せてもらっても? ああ、抱いたままで結構ですよ」


「不思議な子なんですよね。犬かと思ったらヒヅメがあるし」


 そう言いながらタオルをそっと外すと、安らかな寝息を立てている愛らしい動物がいた。さっきお風呂で確認したところ、この子の体毛は基本青と緑の色で、背中の斑点は白い。耳も大きいし、小さなツノがあるから子鹿っぽい感じがする。


「異世界だからか、不思議な生き物がいるんですね」


「姫さん、異世界とか関係なく、こいつは珍しい生き物だ。姫さんは『神王の麟』って知ってるか?」


「塔にある書庫で、ちらっと本に書いてあった気がします。『麟』って、神王様からもらえるとかあったような気がしますけど」


「そうだ。その『麟』がこの動物『聳孤(しょうこ)』だな」


「はい?」


 うん。よく分からないけど、神王様がこの子に絡んでいるっていうのは分かる。

 私は記憶力が良くなったことを良い事に、書庫で本を読みまくった。そこで気づいたのは、この世界の四季が元の世界の『五行思想』と関連性があるということだった。

青は春、白は秋、赤は夏、黒は冬というように、五行思想にはそれぞれ決まった『五行』がある。ちなみに黄は土用で、これが神王様の位置なのかなと考えていたりする。確信はないけどね。


「えっと、『聳孤』っていう『麟』がこの子だというのは分かったけど、なんで塔に居なかったんだろう……」


「それなんだよなぁ」


 ジャスターさんもサラさんも分からないようで、私たちはこの件は置いておいて儀式に集中することにした。

 次の町まで魔獣が出ないといいんだけど。

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