26、村への襲撃
どこから集めてきたのか、たくさんの花が道なりに植えられている。
あちらこちらに残る雪を見ながら、私は馬車の中から歓声をあげる村の人たちに笑顔で手を振る。ヴェールを外したのは馬車の窓は小さく、外からはハッキリと見えないとサラさんが言ったからだ。
「先触れを出して、姫様は体調を崩していると伝えてあります」
「じゃあ、村の歓待は辞退するということで大丈夫?」
「はい。用意していた料理は村人たちに配るということでした。皆さん嬉しそうなのはそれもあるかもしれません」
「そうだね。ここは自給自足っぽいし、冬が長く続いてたっていうから……」
儀式への道すがら、訪れる村や町では姫と騎士をもてなすことが慣習としてある。そしてこれはあくまでも「好意」であるため、国から補助金が出るわけではない。
税を納めている町ならともかく、このような小さな村では自分たちを食いぶちを減らして宴をひらくそうだ。
「傭兵団の人たちも理解があって助かりました」
「レオさんの推薦で来てくれた人たちだからね。やっぱり普通の傭兵とは違うのかな」
「彼らのランクは銀以上でした。人間性も加味されて上位ランクになれますからね」
傭兵はランクという彼らを取り締まる『傭兵ギルド』からの評価基準があるらしい。木、石、銅、銀、白金、金という順に上がっていく。
銀以上だと貴族の護衛などの依頼も受けられるけれど、礼儀作法もちゃんと身についていないとダメなんだって。
あのキラキラ騎士と比べたらむさ苦しい筋肉マンが多いけど、私のイメージした傭兵よりちゃんとしているように見えたのはそういうことみたい。
「傭兵さんたちには、お酒とか振る舞える?」
「ええ、持ち込んでますからね。次の町で仕入れることができるので、この機会に村の人たちにも振舞いましょう」
「いいの?」
「長く不在だった春姫様からの祝い酒という名目であれば、村長も受け取ってくれますよ。皆に等しく分け与えるよう騎士様たちにお願いしておきます」
「ありがとう、サラさん」
私は今、塔にいることによって衣食住が恵まれている。でもそれは自分の力じゃなくて、偶然みたいなものだ。
この厳しい世界で生きる人たちの助けになろうなんて考えはまだ持てない。でも、自分の出来る範囲で何かを成したいとは思っている。
サラさんは、そんな私の気持ちが分かっているみたいに色々と提案してくれる。本当にサラさんがいれくれて良かったと思う。
「さぁ、姫様はヴェールを付けてくださいませ。村長宅に泊めてもらうので挨拶をしないと」
「はーい」
お姫様ぶりっこ……というか、物静かな少女姫といった風を装うのが辛い。『姫』という存在が、どういうものなのか分からないけど、他の姫は大声で騒いだりすることなくお淑やかだそうで。
「それでも、うちの姫様が一番愛らしいですけれど」
「え、あ、はい……アリガト、デス……」
サラさんに言われると、もしかしたら私って可愛いのかなぁ……なんて思っちゃう。身内びいきだろうけど嬉しいな。甘やかし万歳だよ。
もごもごと小さな声で礼を言う私に、サラさんは優しく微笑んでくれるのだった。
それは慣れない干し草ベッドで、明け方やっとのことで眠りについてすぐのことだった。
いや、ほら、憧れてたよ。干し草のベッド。でも、結構カサカサする音が気になって寝付けなくて……いや、それはどうでもいい。
外から何かが聞こえるような気がするんだけど、よく分からない。分かるのは空気がおかしいってことだけだ。
「サラさん」
「起きられてしまいましたか、姫様」
寝室は続き部屋になっていて、ドア一枚隔ててサラさんが待機してくれている。さすがに塔ではない場所で私を一人にするのは出来ないと言われた。
やっぱり魔獣とかいるし、危険な世界なのかもなぁ。
「空気が変な感じだけど、外で何かあった?」
「レオ様とジャスター様が向かわれていますから、ここで待機していてください」
「あの二人が? もしかして魔獣?」
「はい。なぜか村に入ってきたようで……」
四季を変更する儀式の行軍では、常に魔物よけを撒いていた。それに傭兵団の人たちが暇な時、数人単位で代わる代わる見回りながら魔獣だけでなく、イノシシのような畑にとっての害獣まで退治していたはずだ。
『きゅっ……』
「ん? 何か聞こえた?」
「いえ、特に何も……姫様!?」
絶対何か鳴き声みたいなのが聞こえた。誰かが魔獣に襲われているのかと、思わず反射的に私は窓を開けて辺りを見回す。
まだ薄暗い時間帯なのに周囲の状況がハッキリとは見える。恩寵で身体強化されているせいか、暗くても見えるんだよね。なんだかどんどん人間の枠から外れてる……?
『きゅ……』
「やっぱり聞こえた! サラさん、ちょっとだけ外に出てくる!」
「ダメですよ姫様!」
今の状況が危険だという認識をしているはずなのに、なぜか体が勝手に動いてしまう。寝室から一階へ降り、そのままドアを開けて外に出ようとした私は温かい何かにぶつかってしまう。
「部屋にお戻りください!」
「ダメ! だってあの子が!」
建物の周りにはレオさんが『鉄壁』で見えない壁を作ってくれていたらしい。でもそのせいで私は外に出られない。
数人いた傭兵さんたちが私の横をすり抜けて外に出て行く。私だけ出られないとか……レオさんの『鉄壁』、有能すぎやしないかい?
その時、開け放たれたドアの向こう、私の目に映ったのは震える小さな生き物の姿。
牙を剥き、唸り声をあげている大きな獣の影。
「娘、引っ込んでろ」
暗い中でも目立つ金髪と、国の騎士である証の剣をスラリと抜いた彼は、流れるようにそれを振るい獣の足を止める。小さな生き物が『きゅー!』と鳴きながら私の元へと四つ足で駆け寄ってきた。
「姫様!?」
「大丈夫。レオさんの壁を抜けてるから害はないよ」
震えるその生き物を撫でながら、外で一人剣を振るう『騎士』を、私はただ見ていることしかできなかった。
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