28、名前がないと不便
幸いにも村の人たちに怪我はなかった。魔獣が村に入ってきたという事実を知らない人もいるみたいで、ジャスターさんが『鑑定』したところ「何かを追いかけていたらしい」という結果が出た。
「まだまだいただいた恩寵を使いこなせてないようでして、何かの部分が見えなかったのです」
出発前、そう言って落ち込むジャスターさんを皆で必死に慰めたけど、彼の言葉がどうも引っかかっていた。そんな私は次の町に向かう馬車の中で、一つの答えに辿り着く。
「もしかしたら、君なのかもね?」
『きゅ?』
青と緑の混ざるモフモフなタテガミ、小さなヒヅメでポクポク歩く愛らしい生き物が私を見上げて首を傾げる。子犬くらいの大きさなので、四人がけの馬車でも楽しそうに歩き回っている。可愛い。
「姫様、何かありましたか?」
「ほら、ジャスターさんが魔獣たちが何かを追っていたって言ってたでしょ? 原因がこの子なのかなって」
そう言いながら私の足に擦り寄っているモフモフを撫でていると、サラさんが不思議そうな顔をする。
「この小さな生き物に魔獣が、ですか? あの魔獣たちの空腹は満たされないような気がしますが」
「ジャスターさんが鑑定できないものって、神王様が造ったものには効かないって話を聞いた気がするんだけど」
「確かにジャスター様は塔の仕組みや、塔の関係者である証の腕輪を『鑑定』できなかったとおっしゃってましたね」
ということは、神王からもらえるという『麟(りん)』であるこの子も、ジャスターさんには見えないんじゃないだろうか。おう、いつになく冴えてる気がする。身体能力強化で脳もレベルアップしているのかも。むふふ。
「そういえばこの『聳孤』は姫様が外に出ようとした時、魔獣に襲われていましたね」
「あ、そういえばそうだった」
この子はしっかり魔獣のターゲットにされていたじゃないか。そしてあのキラキラ騎士に助けてもらって……と、ここまで思い出したところで私の顔が青くなる。
「サラさん、私、あの騎士にお礼言ってないかも」
「この世界の『騎士』であれば、民間人を守るのは当たり前です。そうではない者もいますが、そこまで腐っていなかったようですね」
「腐る……」
一瞬脳内に何かが浮かんだけど、いやいや落ち着けもちつけと自分に言い聞かせる。
国が管理している騎士とは、元の世界でいうところの警察みたいなものだ。傭兵たちもそれなりに犯罪の抑止力にはなるんだけど、難しい試験や騎士学校の教育をこなしてきた彼らは、一般人にとって特別な存在なんだよね。
「休憩時間にお礼言わなきゃ」
「姫様は義理堅いですね」
さすが姫様という様子のサラさんから尊敬の眼差しを向けられるのは、いまだに慣れなくてすごく照れくさいので勘弁してください。
サラさんお手伝い用の作業着なワンピースに着替えると、レオさんが馬車のすぐそばを並走して外から話しかけてくる。
「姫さん、もうすぐ休憩場所に着くが、その『聳孤』は馬車の中に置いておかないと」
「連れて行ったらダメなんですか?」
「うぅ……そんな顔してもダメだ。おい、そいつと一緒に上目遣いするのはやめろ。卑怯だぞ」
無言のまま目で訴える私を、サラさんが苦笑してストップをかける。
「今はレオ様が馬車と一緒に『鉄壁』で覆ってますが、もしここから出て魔獣が寄ってきたらどうします?」
「悪いな。狭いけど我慢してくれるか?」
『きゅ!』
私よりも先に良い返事をする可愛い子。えらいぞーと、お腹の白い毛をモフモフ撫でてやると『きゅきゅっ』と嬉しげに鳴いている。うう、可愛いよう。
レオさんが守ってくれるなら馬車の中が安全だろう。私はサラさんのお手伝いしながら、キラキラにお礼を言わないとだからしばしの別れだ。
休憩をとる予定地に到着すると、しっかりスカーフを頭に巻いて額が見えないように結ぶ。
「そうだ。君の名前も考えないとね」
『きゅー!!』
元気よく鳴いている子に手を振る私。ゆっくりと馬車のドアを閉めたサラさんは、私のことをジッと見る。
「サラさん? どうしたの?」
「父は愛称で呼ばれることになったと喜んでおりましたが、私には無いのでしょうか」
「サラさんはサラさんだよ。私が頼りにしている大切な人だよ」
「……あ、ありがとう、ございます」
サラさんにあだ名をつけようにも、サーちゃんとか、サッちゃんとかはおかしいよね。サーラちゃんだと違う名前になっちゃうし……いや、セバスさんは別の名前みたいになっちゃってるけど。
「名前がないと不便だよねー」
「そうですか?」
「そうだよ。『聳孤』は名前じゃないでしょ? 犬をイヌって呼ぶみたいな感じだし」
携帯食料を準備しながらサラさんとやり取りする私は、うんうん唸りながら考える。
普通は名前をつけないのか。でもショウコなんて呼びづらいし、ショコとかショ◯タンとか呼ぶのも変だし……。
「せっかくだから色の名前がいいな。青と緑、青緑色、浅葱色……アサギっていうのはどうかな」
「アサギとは色の名前なのですか?」
「私の国の言葉だよ。布を藍色とか青色に染める植物を使って、その色にだけ使われる言葉なの」
「その色にだけ使われる言葉、ですか。素敵ですね」
「うん。そうなの。ひとつひとつ、移り変わる季節の細やかなことまで名前がついていて……」
そこまで話していてふと考える。『神王』という存在は、なぜこの世界に四季をもたらそうとするのか。
「姫様? お疲れですか?」
「ううん、大丈夫。なんでもないよ」
もし会えるなら聞いてみたいな。
元の世界に帰れない愚痴は、ちょっとだけ言っちゃうかもしれないけどね。
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