29、国の騎士、姫の騎士


「レオさん、ジャスターさん、お疲れ様です」


「ありがとな姫さん」


「姫君手ずから、ありがとうございます」


 傭兵団の人たちから少し離れた場所で、騎士二人は打ち合わせをしていたようだ。真面目な顔をしていたのに、私が声をかけると表情が和らぐのが嬉しい。少しは役に立てている気持ちになるから。


「あの、国からの騎士さんってどこにいます?」


「なんだ……姫さんはああいうのが好みか?」


 途端に渋い顔になったレオさんは腰元に手を伸ばしている。え、ちょっとやだ、ジャスターさんまで笑顔なのに空気が冷たくて怖いんですけど。落ち着くのだオッサンたちよ。鎮まりたまえ。


「なんでそうなるんですか。昨日危ないところを守ってくれたので、お礼を言いたいんです」


「姫さんは俺の『鉄壁』で守ってたんだ。あの時は魔獣だろうがなんだろうが襲われることはなかっただろうよ。まぁ、気概だけは買ってやるがな」


「そうですね……態度が悪くても、職務を全うする姿勢は評価できます」


 キラキラくんを褒めている二人だけど、なんだか複雑な感じなのかな?

 私の考えていることが分かったみたいで、レオさんが紺色の髪をかきあげながら小さく息を吐く。


「全員とは言わんが、国に所属している騎士は俺らみたいな姫付きの騎士を敵対視しがちだ。恩寵という特別な力があったり、国からも優遇される。何よりも姫の伴侶になれる確率が高いからな」


「男の嫉妬は見苦しいものです」


 なるほどね。同じ『騎士』であっても、国付きと姫付きだと相容れないものなんだね。レオさんはともかくジャスターさんが騎士の事情に詳しいのは、傭兵の時に儀式に付き添ったことがあるのかもしれない。

 それでも私は、少しの間だろうとも一緒に行動する人たちといがみ合いたくないんだ。


「できれば騎士同士、仲良くしてほしいです」


 私の言葉にレオさんが目を見開いて驚いたけど、すぐさま男くさくニヤリと笑ってみせる。


「仲良くしろなんて、そんな可愛らしくお願いされちゃ騎士として叶えないとな」


「筆頭を口説き落とすとは、さすが姫君ですね」


「く、口説いてなんかないです!」


「あの騎士は向こうにいるようです。ご案内しますよ」


 頬を膨らませる私にジャスターさんは「なんですかその愛らしい表情は!」と過剰に褒めるから、膨らんだものを即ぺったんこにする。ここに来て毎日のように甘やかされているせいか、子供っぽい行動をするようになった気がする。


「レオさんは?」


「俺はちょっとアイツらに用があるから、姫さんはジャスターと一緒に行動してくれ」


「はーい」


「いい返事だ」


 剣を振るう、ゴツゴツとした大きな手で頭を撫でられる。ちょっと嬉しい。


「……あの筆頭が、ねぇ」


「うるさいぞ」


 撫でられて頭をぐわんぐわん揺らされている私の上で、やり取りしている二人の表情は見えない。揺らされすぎてフワフワした頭をそのままに、かの騎士が休憩している所に行く。

 木にもたれかかって座っている彼の金髪は、風がふくたびにサラリと揺れた。猫っ毛な柔らかい髪を見て、ちょっとだけ触ってみたいなと思ったりした。


「姫君、自分の銀髪ではダメなんですか?」


「心を読まないでクダサイ」


「顔に出てますよ」


 それって、どんな顔だよと思いながらジャスターさんと小声でやり取りすると、深呼吸した私は勇気を出して声をかける。こういうのってなぜか緊張しちゃうんだよね。


「騎士様、携帯食を持ってきました」


「……娘か、そこに置いておけばいい」


「あのう、昨日は助けていただきありがとうございました」


「……騎士として当然のことをしたまでだ。気にするな」


 う、会話が続かない。少し離れたところで見守っているジャスターさんに助けを求めるのは何かが違う気がするし、どうしようどうしよう。


「こ、ここに置いておきますね」


「……娘、よくは見ていないのだが、あれは良くないぞ」


「はい?」


「寝間着のまま部屋から出るのは感心しない」


「う、うううううううううるさいです!」


「元気になったようだな」


 その時、真正面から見た金髪碧眼の笑顔に驚く。ずっとしかめ面だったから気にしてなかったけど、この人も結構なイケメンだ。細マッチョな王子様って感じの。

 少し頬を染めたその顔も色っぽく見える。

 ん? 頬を染める? なぜ?


「いつからです?」


「ジャスターさん?」


 またしても気づかないうちに私の側にいたジャスターさんは、いつになく真剣な表情だ。対するキラキラ騎士くんは、心なしかぐったりしているように見える。


「申し訳ないけれど『鑑定』を使わせていただきましたよ。姫君に何かあったら大変ですからね」


「どういうことですか?」


「魔物を倒した後、軽い傷を負っていたのかもしれません。しっかり洗えば大丈夫なのですが、痛みがあるからと洗わないと傷口から毒が入ることがあります」


「ええ!?」


 ジャスターさんは、木にもたれるようにして座っている彼の所に行くと、首や腕に触れて医者の触診のようなことを始めた。


「お医者みたいなこともできるんですね」


「真似事のようなものです。幸い『鑑定』もありますから、どういう症状になっているのかがすぐ分かります。彼の場合だと毒に侵された状態になっています」


「毒!? な、何か薬とかないんですか?」


「ここまでになってしまうと治まるのを待つしかないですね。大丈夫ですよ。これは外で遊んだ小さな子がなる病気ですから、大人の彼なら体力もあるし大丈夫でしょう」


 そのまま寝入ってしまった彼をこの後どうするか、ジャスターさんに私は提案した。


「馬車の中で休んでもらいましょう」



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