30、儀式開始と頑張る姫


「姫様の馬車ならゆっくり休めるし、中にいる……えっと色々なもの(主にアサギ)は私が預かって御者台に乗るし」


 私のこの発言に、この場の誰よりも早く反応したのはキラキラ金髪騎士本人だった。


「何を考えているんだ! 塔の関係者と騎士以外が『姫』と同じ空間にいられるわけがないだろう! そんな提案をしたら、お前は塔に入れなくなってしまうぞ!」


 同じ空間どころか、姫は今目の前にいるんだけどね。


「そこの姫付きの騎士! 娘は私を心配して言っただけで他意はない! 聞かなかったことにしてやってくれ!」


 具合が悪そうなのに、必死に私を庇ってくれるキラキラさん。あれ? 普通にいいヤツじゃない?

 こういう感じ、元の世界にいる私の弟に似てる。こんなに美形でキラキラしているわけじゃなかったけど、反抗期でツンツンしているくせに何だかんだ心配してくれてたんだよね。

 あまり関わってなかったし、仲良くもなかったけど懐かしいなぁ。元気にしてるといいなぁ。


「落ち着いてください騎士様、いつもよりキラキラも少なくなってます。無理をしたらダメなんですよ」


「なんだそのキラキラというのは。私の名はキアラン・ブライトナーだ」


「キアランさん? 名前もキラキラしていますね」


「私の名を軽々しく呼ぶとは無礼だぞ! むす……め……」


 顔を赤くさせて立ち上がったキアランさんは、そのままふらふらとしゃがみ込む。これだと馬に乗るのも大変だろうと、私は横にいるジャスターさんに期待する目を向けること数秒間。


「食料を運んでいる馬車に幌をつけて、隙間に寝てもらいましょう」


「ありがとうございます。もしかして、用意してました?」


「こういう行軍では体調不良になる者が出ることがありますから。想定内ですよ」


「くっ……屈辱だっ……」


 キラキラなキアランさんが何かブツブツ言ってるけど、とりあえず次の町まで我慢してもらおう。


「薬ってあるんですか?」


「こうなると無理に熱を下げるのは良くないです。体内の毒が抜けるよう水をとらせ、熱に負けないよう栄養をとるしかないですね」


 うーん、インフルエンザみたいなものかしら? あれって辛いんだよね。お粥とか鍋焼きうどんとか消化良いものを食べないとなんだよね。

 早く次の町まで行かないと。レオさん、ジャスターさん、傭兵さんたちよろしくお願いします。







『きゅー♪』


「君の名前はアサギだよ。よろしくね」


『きゅ!!』


 アサギは白いフワフワの尻尾を揺らして元気よく返事をしてくれる。可愛い。ぽくぽく馬車の中を駆け回っては私の膝に軽々と乗ったり楽しそうだ。

 サラさんは最初、私に飛び乗ったりするアサギに驚いて止めたりしていたけど、ほとんど重さを感じないと説明すると何も言わなくなった。外では大人しくするようにと言っただけで、その後は微笑ましげにアサギを見てくれている。

 さてはサラさん、モフモフスキーだな?


「強いて言うなら、モフモフする姫様スキーというところでしょうか」


 私の視線に気づいたのか、サラさんは笑顔で言い放った。そ、そうですか……サラさんからの愛情が天元突破ですなぁ……。

 サラさんは娘さんが自立に向けて家を出て働いているらしく、会うことが少なくなってしまったとのことだ。その愛情がすっかり私に向けられている。ありがたいけど三十代としては少し恥ずかしい。


「姫様がこの世界で心穏やかに過ごせるよう、これからもしっかりと努めさせていただきます」


「ありがとう、サラさん」


 母親のように、姉のように、私のことをこれほどまでに心配してくれる人はサラさんしかいない。

 私の演奏で雪山が溶けて誰かの助けになるように、この世界で私が動くことで喜ぶ人がいる。その数が多ければ多いほど、きっとその中にサラさんもいて喜んでくれるに違いない。


『きゅー?』


 密かに心の中で決意を固めていると、どこか心配そうにアサギが鳴く。

 大丈夫だよ。無理はしない……と言いたいけれど今はとにかく頑張らないとダメな時期だと思うから、しばらくは無理をしちゃうかもな。

 ここできっと『身体能力強化』っていう恩寵が役に立つんだろうと思う。ふふふ。よくありがちな若返る話とはちがうのだよ。これはきっとすごく健康でいられるやつなんだから。


『きゅ!』


 うん。やっぱり無理はやめておこう。健康チートって、なんか若さが感じられない気がするし。

 何となくアサギに注意された気がした私は、宥めるように額を撫でてやった。








 儀式の場所は、町からそれほど離れていなかった。傭兵団を町に待機させてから、レオさん、ジャスターさん、私という三人で儀式へ臨む。

 サラさんは出発直前まで「私も武に長けていれば、騎士になって姫様に付いていけたものを」と心配そうにしていた。私が宿で寝込んでるキアランさんを見ててほしいとお願いすると、渋々受け入れてくれていた。迷惑かけてすみません。


「姫さんは歩くのは平気か?」


「サラさんが歩きやすいブーツを見繕ってくれたし、セバスさんが色々ご教授してくれたから大丈夫です」


「色々とは何ですか?」


「とにかく男に気をつけろって言ってました。主に回避方法ですね」


「なんでそんなに信用されてないんだ」


「自分ではなく筆頭のことでは?」


「お前……人のこと言えなグハッ」


 体をくの字に曲げながらも歩きを止めないレオさん。ジャスターさんが何か一発放ったと思うんだけど、何も見えなかった。すごいけどジャスターさんは上司であるレオさんに容赦ないね。


「おい、俺が避けたら姫さんに当たるって分かっててやっただろ」


「何のことだか分かりませんね」


 え、何それカッコイイ。

 そんなやり取りをしながらも、徐々に森の奥へと入り込んで行く私たちは不意にひらけた場所に出た。


「あれ? ここですか?」


「そうですよ。準備はいいですか姫君」


「……はい」


 そこには何もなかった。一見森の中にある木のない空き地があって、その真ん中に私は立っている。


「じゃあ、俺たちはここで見ているからな」


「頑張ってください」


 儀式の流れはレオさんから聞いていた。私はゆっくり深呼吸すると、お腹から声を出すように足を肩幅に開いて大きく息を吸った。


「これより『春姫』ハナ・トーノは季節を改変する『春の奏で』を始める!」


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