122、我慢の限界突破
椅子になっているのは恥ずかしいし、さすがにご飯とか食べづらいと訴えれば、あっさり膝抱っこ終了となりました。
何それ、嫌がらせ?
「姫さんが俺を離してくれなくて」
「へ?」
「しょうがないから一晩中添い寝してたんだぞ」
「な、ななななんですかそれ! 朝起きても私一人でしたが!」
「掴んでいるシャツを脱いでベッドから抜け出したんだ。さすがに俺も風呂に入りたかったしなぁ……でもその後また戻ったら姫さん泣いてたから、また添い寝したけどな」
「な!?」
「んで、姫さんが起きる前に追い出された」
なるほど。だからサラさんがお怒りだったと。
うわああああああ!! それはこっぱずかしいいいいいいい!!
昨日とは違う意味で泣きそうになりながらも、食欲には抗えず焼きたてのパンを頬ばる。すると、青ざめた顔の晴彦が食堂に入ってきた。
「おはよう晴彦。ごめんね、昨日はぜんぜん話ができなくて」
「いや……姉さんが大変な時だったって聞いたから、気にしないで」
「そ、そう?」
確かにレオさんのことを心配したり、漫画のことで精神的にいっぱいいっぱいだったかもしれない。それでも晴彦がこの世界に来たことに比べたら、そっちのほうが大変だと思うのだけど……。
「姉さん、借りた絵のことなんだけど……」
「絵?」
見れば私の描いた漫画を数枚ほど持っている晴彦が、そのうちの一枚を私に向ける。
そこには金髪の美少年と、黒髪の青年が微笑みあっていた。
青年の目元にはホクロがある。
「これ、もしかして俺?」
「んー? 確かに似てるけど、晴彦を意識して描いたわけじゃないよ。なんとなく少年と青年のカップルゲフンゲフン、友情を描こうと……」
「なんで?」
「なんでと言われても、なんとなく……としか」
よくよく考えれば不思議なことだ。
万人受けするような漫画を描こうとしていたのに、これだとまるでビーなエルみたいじゃないか。
確かに最近、町でご婦人たちが「レオジャス」とか「レオキラ」とか、はたまた「ジーレオ」なんて密かに熱いムーブメントが起こっているらしいけれど、私はあからさまなアレとかは描いていない。まだ。
「姫君、その話を詳しく」
いやだから、私の心を読まないでって言ってるのに。
ジャスターさんの氷の笑みを巧みに避けながら、私は晴彦の持っている紙をじっと見ている。無意識に描いたにしては似すぎている気が……。
「そもそも『春姫』は世界が『神王』のために異界から呼ぶって話だし、それに『姫』になれるのは女性だけって聞いていたけど……」
「そうですね。この世界では女性だけが『四季姫』となります」
「なるほど。この世界では……え? ということは、異界だと女以外でも『四季姫』になったりする、とか?」
「どうでしょうね」
そう言いながらジャスターさんは晴彦に近付くと、彼の額にかかっている前髪を長い指先で横に流す。
するとそこには、青い印がくっきりと浮かび上がっていた。
「ねぇ、アサギ」
『どうしたの、ハナ?』
「私の役目って、終わったのかな」
『ハナの役目?』
「春の姫のお仕事」
『お仕事ってなぁに? ハナはハナだし、アサギはアサギだよ?』
「うーん、まぁ、そうなんだけど」
キラ君は神王関連に詳しい神官のお兄さんがいる、祈りの塔へ向かった。
ジークリンドさんは魔術を使って大図書館と連絡をとっていて、ジャスターさんは晴彦の護衛をしてくれている。
そしてレオさんは今、扉一枚向こう側にいて……。
『お風呂きもちいいねー』
「……そうだね」
アサギはマイペースだ。
それでもぐるぐる考えてしまうところを、外で遊んでいたアサギの汚れっぷりに助けられたのは確かだ。
帰ってくるなり抱きついてきたもんだから、問答無用でお風呂タイムになったのはありがたい。ちょっと一人になりたかったんだ。
『神王様もうれしそう。いっぱいあつめたいって言ってたから』
「集めるって?」
『カケラだよ。ハナでさいごじゃなかったみたい』
「え? どういうこと?」
アサギの言葉は時々不可解だ。
でも今、めちゃくちゃ重要なことを言ってた気がする。
「おーい、姫さん。のぼせてないかー?」
「だっ、だいじょうぶっ、ですっ!」
サラさんはアサギが汚したドレスを半狂乱で洗っているから、今近くにいるのはレオさんだけだ。
長湯するのもよくないから、さっさと上がろうと湯船から立ち上がったら、ぴょいこらぴょーんとアサギが外へ飛び出していった。
「ちょ、アサギ! 話の続き!」
『呼ばれたから、またあとでねー!』
「えーっ!?」
なんともいえないモヤモヤとした気分のまま浴室から出れば、レオさんが顔に「心配」と書いた状態で迎え入れてくれる。ふぉっ!? なぜまた抱っこなの!?
「大丈夫か?」
「あ、はい、大丈夫です。アサギがまた外に出ていっちゃって……」
「なんだそのことか。てっきり姫さん、あの坊主のことで悩んでいるかと思ったんだがな」
「坊主って晴彦のこと?」
「あんなの坊主で充分だろ」
そういえば昔あの子も坊主頭にしていた時代があったなぁなどと、現実逃避をしてみたり。
なぜなら、またしてもレオさんに膝抱っこされているからね!
「レオさん、確かに離れないでほしいとは言いましたが、こういうことではないのです」
「わかっている」
「え、まさかの確信犯……」
「わかっているがこれでも我慢しているほうだ」
「我慢、ですか?」
なんとなく今この瞬間、レオさんの顔を見たらやばい気がして俯いていると、顎を指先で優しくつままれて上を向かされる。
そこにはギラリと目を光らせた獅子が、私を見下ろしていた。
「ああ、俺には色々過去があったし本来(・・)の筆頭騎士として動くつもりはなかった。姫さんに嫌われていないのは知っていたが、むしろ好かれているのなら好都合。もう我慢はしないことにした」
「えっと、我慢しないとどうなるのでしょう?」
「そりゃめちゃくちゃ甘やかして、デロッデロに蕩かしてから……」
「と、蕩かしてから?」
「頭からつま先まで全部食ってやるよ」
レオさんから放たれる凄まじい中年の色気にあてられた私は、茹だったみたいに全身真っ赤になるのがわかった。
ぐはぁ。
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