121、筆頭騎士の帰還


 朝起きて、サラさんに手伝ってもらいながら身支度をする。

 姫と騎士の繋がりを使うには準備が必要らしく、正式な衣装を身につけたほうがいいとのこと。


「これ、晴彦も見るんだよね……」


「よくお似合いですよ」


 儀式の時にしか着ない衣装は、青を基調とした薄衣を重ねたドレスだ。

 実際の年齢を知っている晴彦に見られてしまうのは、めちゃくちゃ恥ずかしい。


「姫君、準備はできましたか?」


「はい」


 部屋に入ってきたのはジャスターさんだ。

 移動の魔法陣で塔のエントランスまで飛んだ私たちは、そのまま庭へ出て行く。緑の芝が広がっている場所に案内された。

 人払いをしてくれているみたいで、こんなヒラヒラしたドレス姿でも恥ずかしくなくて助かっている。


 晴彦はどうしているのかと聞けば、客室でキラ君とジークリンドさんが話し相手をしていて、もうすぐ来るそうだ。そうか……来るのか……。


「あの方も姫君の身内ですから、監視……護衛が必要となります」


 笑顔でそう言い放ったジャスターさんは、本音を隠そうともしていない。

 いきなり現れて「一緒に帰ろう」とか言われて驚いたのかもしれないけれど、一応義理の弟なのよ。優しくしてあげて……。

 確かに、義理の親から冷たい態度をとられ続けて、それなりに仲良しだと思っていた晴彦まで離れてしまった時にはすごくすごく落ち込んだものさ。

 でも、違っていた。

 昨日「一緒に帰ろう」って言われた時、まず最初に思ったのは「嫌われてなくて良かった!」だったからね。うん。


「私は帰らないですよ」


「ええ、わかっております」


 それでも……と、ジャスターさんは少しだけ寂しそうに視線を落とす。


「わかってはおりますが、やはり、姫君は元の世界に帰ったほうがよいのではないかとも思ってしまいます。魔獣や国のしがらみなどのない、安全な異界へ」


「そうですね。確かに危険は少ないかもしれません」


 でも……。


「!?」


 何かに気づいたジャスターさんが、守ろうと前に出るよりも早く私は駆け出す。

 とうとつに大量の花に溢れ、むせ返るような香りには覚えがあった。


 夜色の髪に、空色の瞳。

 鍛え抜かれた体を包む騎士服は魔獣の攻撃を受けたのか、あちこちが破れている。

 返り血はない。きっと彼は多くの魔獣をその恩寵で屠ったのだろう。

 乱れ咲く花をまとった彼の胸に、私は躊躇なく飛び込んでいった。


「レオさん!!」


「姫さ……んんっ!? おま、なんつー格好してんだっ!?」


「うわあああああ無事でよかったああああああ」


「おい、服が汚れるから! ダメだって姫さん!」


 ダメだと言いながらも、私を突き放すことはしない。思いきり抱きついてもブレることのないその体に、遠慮なくぶつかっていった私は、その厚い胸板をペシペシと叩く。

 そうだよ。それくらいしてもいいはずだよ。


「すぐ帰るって言ってたのに! バカ! エロ! 筋肉!」


「悪かったって。思ったよりも魔獣が多くて……ん? バカとエロはともかく、筋肉ってなんだ?」


「バカエロ筋肉!」


「あーもう、バカエロ筋肉でいい。心配かけて悪かった」


「悪い。すごく悪い」


「なんでもするから、許してくれるか?」


「許さない。離れたら本当の本当に許さない」


「フッ、そうか。じゃあ離れない。ずっと一緒だな」


「なら許す」


 泣き顔を見られたくないから、ずっとレオさんの胸で涙を拭いていた。ついでに鼻水もつけてやった。ざまぁみやがれ。

 このたくさんの青い花は魔獣の残骸だろう。つまり、私が呼ぶ直前まで魔獣を倒していたということだ。どれだけ無茶なことをやっていたのか。


 震えて泣く私を、そっと抱きあげるレオさん。優しく背中をぽんぽんとたたいてくれているけど、それってもしや子どもをあやすやつでは? ぐぬぬ子ども扱い。


「ん、おろして」


「あまり寝ていないと聞いている。このまま部屋まで連れていってやるから、おとなしくしていろ」


「ん……」


 なんで知っているんだろう?

 確かにレオさんが塔に居ない時って、なぜか眠りが浅いんだよね。


「筆頭、こちらを」


「助かる」


 ふわっと毛布に包まれて、本格的な眠気に襲われてしまう。

 どうしよう、晴彦のこととか相談したいのに……。

 毛布のあたたかさにうとうとしていると、遠くからジャスターさんと晴彦の話し声が聞こえてくる。


「賭けはこちらの勝ち、ですね」


「あんなの、賭けにならないじゃないか」


「勝ちは勝ちですよ。ですが、確かにこれは賭けにならないですね。自分も予想外です」


 賭け?

 なんだろうって顔を上げようとしたら、レオさんにやんわり頭を押さえられる。ふぉぉ、胸が、レオさんの胸がすごくて、ふぉぉ。


「寝てろ」


 はい。







 気がついたら朝でした。

 そしてなぜかサラさんが「筆頭に任せておくべきではなかったのです!まったく!」などとたいそうお怒りでして。


「何があったの?」


「……本人に聞け」


 こそっとキラ君に聞いたら、なんともつれない答え。

 ジャスターさんはなぜかご機嫌だし、ジークリンドさんはナジュムくんと何やら話し込んでいる。

 レオさんは町にある傭兵の詰所に用があると言っていたけど、なぜか今は私の椅子になっている。

 てゆか詰所に行かなくてもいいの? え? もう行ったの? 早いですね。


 うん。意味がわからないよね。私もさっぱり状況がつかめないんだけど。


「昨日、あれから何があったの?」


「……だから、本人(いす)に聞けと言っている」


 気のせいか、変なルビがふられているような感じがする。


「姫君、無断で申し訳ないのですが、描かれた絵を数枚お借りしております」


「え? 漫画の原稿ですか?」


「はい。弟君が見たいとおっしゃっていて」


「それはいいけど……」


 どれだろう? まぁ、晴彦に見られて困るようなものは描いていないはずだ。

 それよりもたまにシートベルトがきゅって締まるんだけど、これってどうにかならないですかね?


「どうにもなりませんね。姫君の望みとのことですし」


 いや、そんなこと望んでいないですよ?

 なんかナチュラルに私の心を読むジャスターさんに驚きなんですけど。


「筆頭に二度と離れるなと命令したとか。熱烈ですね」


 え? そんなこと言ったっけ?

 言った? うーん、言った、かもしれない。


 まさかの自業自得だった件。

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