閑話、その頃の筆頭騎士と追いかける男
倒しても倒しても湧いて出てくる魔獣。
戦うことに慣れているはずの傭兵仲間たちも、ここまでくるとさすがに息切れしている。
深い森の中、溢れ出る魔獣をあらかた倒した俺たちは小休憩していた。
水を飲み、携帯食料をかじりながら次の戦いに備えている。しかし、傭兵たちの顔色はあまり良くない。特に古参の傭兵たちは「あの時」のことを思い出しているようだ。
「こりゃあ、あん時の北と同じですなぁ」
「同じように見えるが、今回は違う」
「はは、確かに。小さい姫様は一生懸命ですからなぁ」
「……そうだな」
俺がまだ傭兵になったばかりの頃、北の地域は荒れ果てていた。
代替わりした先代の『冬姫』についての醜聞には俺も関わっており、贖罪……とまでは言わないが、今代の冬姫を助けるために傭兵として働くことを選んだ。
表立ってではなく、あくまでも裏方としてだが。
数年かけてなんとか落ち着いた頃に、俺は東の方へ流れてきた。
傭兵団の団長となり、魔獣退治だけでなく騎士学校の臨時講師なんてたいそうな仕事をするようになった。
それから姫さんと会って……色々あったと思い出していれば、古参傭兵のひとりが話を続ける。
「若いもんは、あん時を体験しとらん。今回の討伐戦はいい経験になるでしょうて」
「騎士も傭兵も、積極的に遠征するよう進言しておこう」
「それがええでしょう」
魔獣が大量発生した報せを受け遠征に乗り出した俺たちだが、たて続けに起こる魔獣の襲撃に気づけば最初の場所からかなり離れた地域まで来ている。
しかも発生する場所は、当然ながら戦力の少ない村や小さな町の近辺であり、姫さんの指示を待つまでもなく討伐に向かっていた。
もちろん毎回魔獣は全滅させている。恩寵の『千剣万花』も使っているから綺麗なものだ。
「最悪、俺だけが先に帰ると思う。あとの事は頼んだぞ」
「了解でさ」
姫と騎士の繋がりとして、姫さんが塔にいれば騎士を呼び寄せることができる。
呼ばれていないということは、姫さんに危険が迫っていることはないとは思うが……。
「なーんか、嫌な予感がするんだよな」
呟いた瞬間、世界がブレた気がした。
前回とは比にならないくらいの「歪み」と、力の行使。
「今のは、なんだ?」
「耳鳴りみたいなんがきましたなぁ」
「お前たちも感じたか?」
手の甲についている騎士の印が疼いているが、危険を感じることはない。だが姫さんが動揺しているような気配が少し送られてきた。
すると、光の軌跡を描いた矢が、とすりと俺の近くに刺さった。
これは「当たることはないが必ず対象者の近くに刺さる矢」だ。
「塔からの知らせですかい?」
「ああ、今の現象は塔で起きたものだ。特に心配はいらないとあるな」
「そりゃ何よりですな」
嘘だ。
キアランの恩寵で放たれた矢にあったのはジャスターからの緊急連絡で、異界から新たな渡り人が現れたとある。
それも、姫さんの身内とのことだ。
「悪いが、俺は一度塔にもどるぞ」
「了解でさ」
もうそろそろ国の騎士たちも動き出すだろう。いや、動いてもらわないと困る。
銀色に光る剣を大量に出すと、まだ離れている気配に向けて一気に叩き込む。
「あとは任せる」
まだ生きている魔獣がいるだろうが、これだけやっておけば大丈夫だろう。
俺は懐に入っていた緊急連絡用の魔法陣が組まれた紙を取り出し、塔へ向けて放つのだった。
どうやら俺は遅かったらしい。
いや、これでも頑張ったつもりだ。それでも、ずっと辛い思いをしていた義姉にとっては「遅すぎた」のだろう。
勉強や仕事に没頭するよりも、孤独に震える彼女の近くにいれば良かったのかもしれない。後悔をしてもし足りない。これまでの自分の行動を何度も思い返しては悔やむばかりだ。
「いや、まだだ。まだ大丈夫だ」
案内された部屋に置いてある『チュートリアル』と書かれた本を手に取り、しっかりと読み込んでいく。
「アイツが言っていたのと同じようなことしか書いてないな。恩寵は姉さんと同じ、か」
まさか同時期に異界を渡る人間が現れると思っていなかったと、あの金髪ショタ神王は言っていた。
どういうことか調べて教えてくれるらしいけれど……。
「俺にとってはラッキーだ。戻る気のない姉さんを説得する機会があるのだから」
決意を固めていると、ドアをノックする音が聞こえてくる。
どうぞと言えば、銀縁メガネのやたら美人な男が入ってきた。ゆるりと編まれた銀髪が、どこかのラノベで見たようなエルフの王子みたいだなと思う。
「失礼いたします。はじめまして、私は姫君の騎士ジャスターと申します」
「ハナの義弟、晴彦です」
「弟君であるハルヒコ様に、少々お話をと思いまして」
「いいですよ。少々、なら」
「感謝いたします」
慇懃無礼スレスレのところを攻めてくる美人に、なるべく冷静に対応しようと背すじを正す。なるべく顔を見ないよう、視線をずらして話を続けることにする。
「姉のことですか?」
「ええ、できれば姫君のご意向にそっていただきたく」
「元の世界に戻れば、俺が守りますから安心してください」
「姫君が戻りたいと?」
「俺のことは拒否はされていませんから」
「ふふ、確かにそうですね」
そう言って微笑む美人の顔を、俺はつい真正面から見てしまい後悔する。
「なにがおかしいんですか?」
「いえいえ、そうですね……それでは、賭けてみませんか?」
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