18、お絵描き姫と幸運な騎士
そうはいっても、私はこの世界で生きていかなければならない。レオさんの謎の「おとん属性」についての考察は後回しにして、今は漫画を描いて安定した生活を送れる土台作りに勤しまねば。
「むぅ……」
「どうなされました? 姫様」
寝る前のひと時、サラさんのテクニシャンな手でマッサージをされている私は、うつ伏せ状態で例の「姫読本」を開いている。
そこには騎士を探すというところまで説明されていて、その後のページは全て真っ白だ。
「何も書いていないのよね。これから姫の仕事があるっていうのに……」
「姫の仕事ですか? それなら、レオ様かジャスター様に聞くのはどうです? お二方とも騎士学校を出られているんですよね?」
「あ、そっか」
騎士学校を出られているどころか、レオさんは元騎士だ。
あのロマンス小説のファンであるサラさんには、駆け落ちした姫の相手がレオさんということは話していない。ジャスターさんは知ってるかもだけど、とりあえずこの件に触れないでおこうと思う。
これぞ、大人(にとって都合の悪い事は後回し)の対応だ。
「プロがいるから、本に説明が出なくなったのかな?」
「ぷろ、とは?」
「えっと、レオさんは騎士学校で講師もしてたから、知識と経験豊富そうだなぁと……」
「ダメですよ姫様。ジャスター様ならともかく、元傭兵団長様はダメですよ! 部屋に招いたりして、二人っきりにならないようにしてくださいませ!」
うう、注意される前にダメって言われたことを全部やっちまったとは言えない……。よし、黙っておこう。
サラさんのレオさんに対する一部分だけ、めちゃくちゃ評価が低いんだよね。彼は独身だし、相手の女性を泣かせてるって話でもないから別にいいと思うんだけどなぁ。
「ん? サラさん、ジャスターさんはいいの?」
「若くはないですけど、浮いた話は聞かない方ですから」
あの年齢で浮いた話を聞かないって、それはそれでどうかと思うんだけど。
銀髪に紫の瞳、美形の騎士様なんて……レオさんもサラさんもそうだけど、この世界って美形が多くないかい? 気のせい?
あ、でも騎士学校の見学の時、町の人とか学校の生徒とか、普通の人もいっぱいいたから多いわけじゃないか。
貧相な顔と体だから、美形に囲まれると私が際立ってしまうんだけど。元の世界よりもピチピチツヤツヤモチモチの肌だけじゃ、到底かなわない平たい日本人顔なのだから。
「ありがとうサラさん。ちょっと漫画……絵を描いたら寝ることにする」
「先日の続きですか?」
「それは、その……お試しで他の物語のも描いてみようかなって。それで続けて欲しいのをサラさんに選んでもらうとか、どう?」
「それは光栄です。楽しみにしておりますね」
笑顔で部屋を出るサラさんを、私は精一杯の笑顔で見送ったのだった。
「……やっちまった」
翌朝、朝日の差し込む部屋の片隅で、たくさんの紙に描いた漫画を呆然を見ている私。
もらった紙とインクは使い果たしてしまった。
「まさか、あれから妄想が暴走するとは、有り余る体力を保有する我が身が恐ろしい……!!」
レオさんの思わぬ「おとん」な部分に触れてしまった私は、それが転じて年の差カップルの『保護者騎士×幼女姫』という謎の漫画。もちろん騎士はレオさんがモデルだ。
「これはこれでいいよね。何というか、無邪気でお転婆な姫に振り回されてるけど、ピンチの時にはしっかり助けてくれるお父さんみたいな騎士」
幼女のモデルは特にないけど、黒髪の可愛い感じの女の子を描いた。
うむ。我ながら満足じゃ。
するとドアをノックする音がする。
「姫様、起きられたのなら朝食をとられないと……、姫様?」
塔は不思議な場所だ。絶対誰も入れないようにと意識をすれば、私の部屋には誰も入れなくなる。普段の私は、現状サラさん、レオさん、ジャスターさんは自由に部屋に入ることができる。
ノックをしてから入ってきたサラさんは、部屋に散らばった多くの紙を見て、一気に声のトーンが下がる。
「す、すみません! すぐ片付け……」
「姫様、違いますでしょう?」
「ふえぇ、な、なんでございましょう」
「部屋の片付けじゃありません。それは私の仕事なんですから……それよりもこの状態、一晩中起きていたなどとまさかおっしゃったりしませんよね?」
「え、えへへ」
「そのような愛らしくも麗しい笑顔で、サラは誤魔化されませんよ! 朝食をとられたら少し寝る時間を作ってくださいませ!」
「はーい」
サラさん、チョロい。
怒ってるのか甘やかしているのか分からないんですけど。
「じゃ、着替えようかなー」
そう言いながら立ち上がると、どこからともなく鐘の音が聞こえてくる。
タオル生地のようなネグリジェをサラさんが、手早く脱がせてくれる間も鐘の音は続いている。この世界に来て初めて聴く音だ。
「え? 何? 近くに教会とかあるの?」
「キョウカイというものは分かりませんが、これは塔から鳴っているものですね」
「塔に鐘が?」
「どこかに鐘あるのかもしれませんが、これは塔から出ているものであるのは確かですね」
サラさんの言い方が引っかかる。一体どういう事なのかを聞こうとした時、部屋にガタイの良いオッサンが入ってきた。
「起きてるか姫さん! いよいよ仕事の準備をするぞ!」
「筆頭! こんな朝早くに姫様の部屋に入ったら……」
笑顔のレオさんはそのまま固まる。
私の後ろで、服を用意してくれたサラさんも固まっている。
幸いにもジャスターさんは部屋の外だ。
うん、これは。
「ラッキースケベにもほどがあるだろこのオッサンがあああああ!!」
腰の回転を利用した抉るような渾身の右アッパーを、しっかり割れているオッサンの腹筋にめり込ませた私。
さて、仕事の準備とはなんだろうな。姫としての初仕事になるんだよね。
よーし! 頑張るぞいっ!!
「筆頭? 自分は察したので助けられないです。自力で戻ってきてください」
「……うぐぐ……ぃてぇ……」
「お見事です。姫様」
予想外にサラさんに褒められました。やったね!
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