17、詰んだ騎士と詰んだ姫の話



 朝食後、ジャスターさんは塔に来る国からの定期便に興味があるらしく、サラさんと一緒に何やら話している。


「レオさん」


「ああ、分かってる」


 とりあえず私の部屋でいいかなと、食堂から出た私はレオさんを連れて塔の中を移動する魔法陣に乗る。次の瞬間、景色は変わり塔の最上階に私たちは現れる。


「入ってください。レオさん」


「お、おう」


 何だか歯切れが悪いな。やはりさっきの話題のせいだろうかと、私は部屋のドアを開けて案内する。

 いつものベッドの横には、部屋でお茶を飲む時に使う椅子とテーブル。椅子は二つあるから片方に座ってもらって……。


「おい、姫さん」


「何ですか?」


 サラさんが置いてくれている数種類の茶葉から何を淹れようか悩む私に、レオさんが声をかけてくる。

 何ですか? 今ちょっと忙しいんですけど?


「あー、世界が違うからかもしれんが、姫さんの所じゃ自分の部屋に男を招くっつーのは普通のことか?」


「え? 自分の部屋ですか?」


「しかも、異性と二人っきりとか……俺は騎士だから姫さんが嫌がることを絶対にしないが、もうちょい警戒心っつーのをだな」


「はぁ、警戒心ですか……はぁ!?」


 しまった!!

 私ったら、塔のことを自分の家みたいに認識してなくて、自分の部屋も借り物のイメージだったけど……ここは私の家で、拠点で、私の部屋で……。

 ブワッと一気に顔が赤くなるのが分かる。私ったら、何という迂闊なことを。

 迂闊で粗忽。ダメ。絶対。


「ツ、ツギカラ、キヲツケルデマス」


「頼む。ここは大丈夫だが、外では警戒してくれよ」


「リョーカイデアリマス」


 カチコチに固まる私に、レオさんはニヤリと男臭い笑みを浮かべる。


「残念だな。姫さんからのお誘いかと思ったが」


「レオさん!!」


「はは、悪い悪い。んで、姫さんは俺に何を聞きたいんだ?」


「もう……アレですよ。朝食の時のですよ」


「ああ、まぁ、隠し続けるつもりはなかったが、いつ話すか迷ってはいたからちょうど良かった」


 サラさんのお茶を用意する様子を毎度見てた私が、真似して淹れたお茶は「まぁまぁ」美味しいと思う。レオさんは「偉いな姫さん」と言いながら嬉しそうに飲んでくれて、何だかホンワカした気分になる。

 半分くらいまで飲んだレオさんが、ひと息ついてカップをソーサーに置くとゆっくりと話し出した。


「話は簡単だ。その『数代前の四季姫と駆け落ちした騎士』は、俺だったってことだ」


「へ?」


 その衝撃的な内容に、私は一瞬何を言われたのか理解できなかった。

 数代前って、ええ? レオさんって四十代くらいだよね?


「俺の仕えていたのは五代前の冬姫だ。彼女は剣の腕はそこそこだったが、とても美しいと評判でな……」


「えーと、冬姫って剣の腕とか関係あるんですか?」


「知らなかったか? 北は冬、武に長けた姫。西は秋、楽を愛でる姫。南は夏、学問を尊ぶ姫ってやつだ」


「あ、なるほど。書庫の本に同じ言葉が載ってました。冬の一節にある『武』とは、剣という意味合いが強いということですか?」


「剣じゃなくても良いのだが、彼女は武術全般が得意ではなく辛うじて剣を扱える程度だったな。俺は冬の塔近くにある村の生まれでな、体も大きく武術が得意だった。それに目をつけた村長が騎士学校の特待生として推薦したんだ」


「おお、レオさんは優秀だったんですね」


「どうだかな。俺は平民生まれの武術さえ極めれば何とかなるって思ってた、無知で馬鹿な若者だったってことだ」


 レオさんは笑みさえ浮かべて、どこか楽しげにも見える様子で話している。

 そうか。レオさんが傭兵を一人でやっていたってことは……。


「その冬姫だった人は、男を見る目がなかったということですね。レオさんが一人でいるということは、そういうことでしょう?」


「姫さんは優しいなぁ……まぁ、そういうわけだ」


 レオさんは少し眩しげに目を細めると、私を真っ直ぐに見る。


「そういうわけ、とは?」


「駆け落ちして、俺は姫と共に連れ戻された。彼女はその後、数年くらい姫として結婚相手を探したんだ。もちろん、俺は除名処分だ」


「そんな! その冬姫はお咎めなしですか!」


「それが貴族と平民の差だ。俺はこれまでの功績があるから命だけは助かったが、普通は死罪だ」


「ひどい……」


「そうか、そう言ってくれるか」


 ホッと息を吐いたレオさんは神妙な表情からうって変わって、悪い笑みを浮かべる。なんだろう、無駄に色気を出してくるレオさんの笑顔に、嫌な予感しかしない。


「俺は、もうあんな思いはたくさんだ。いつ騎士である俺を姫さんは捨てるのかって思っちまう」


「捨てるなんて! 元騎士でもあり元傭兵団長のレオさんには、これからたくさん助けてもらうんですから……」


 ここまで言って、私はハタと気付く。

 もしかして、これって……。


「だから俺は、姫さんが結婚するまで絶対に騎士でいるからな?」


「ええ!? わ、私は結婚とかそういうのは!!」


「何言ってんだ、姫さんはこれからの女だろうが。異界から来たとか春姫とか関係ないぞ。言葉も通じるし、こんなに優しくて可愛ければ、貰い手で苦労なぞ……」


 なぜか顔を赤らめてそっぽ向くレオさんの前で、私は今言われたことを必死に整理している。

 

 えっと、私が結婚するまで騎士でいたいと言ったレオさん。なぜなら二度と除名されたくないから。

 私は姫稼業を続けたい。なぜなら他に私がこの世界で出来る仕事が見つかるまで、今の状態でしか生きられないから。

 結婚は出来ない。なぜならこの世界の結婚適齢期は、私の実年齢より遥かかなた下なのだから。


 うわぁ、マジすか……。

 引きつった笑いを浮かべる私とは対照的に、レオさんはニカッと太陽のように明るい笑顔で言った。


「末永く、よろしく頼むな。俺の姫さん!」


 ……おぅふ。



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