16、朝食での出来事



 塔の朝は早い。

 いや、ここに来て寝るのが早くなったせいか、年のせいか、妙に早く目覚めてしまう。これも私の恩寵『身体能力強化』のおかげだろうか。


「おはようございます姫様、朝食の準備が整いました。お着替え手伝いますね」


「おはようサラさん。ありがとう」


 騎士を得たことにより、姫としてちゃんとしなければと考えた私。軍服の女子版みたいな(プリーツスカートは正直いただけないけど、サラさんが絶賛していて着ることになって辛い)青い服を着る。ボタンとかたくさんあるから、サラさんに手伝ってもらうのが日常となっていいる。


「レオさんとジャスターさんは?」


「朝の訓練から戻られて、汗を流されているところかと。それにしても姫様、騎士様の彼らを呼び捨てにして結構ですのに……」


「それは無理。(この世界では外見的に)私より年上の人を呼び捨てに出来ないよ。サラさんでさえやっと普通に話せるようになっただけで、呼び捨てにしてないでしょ?」


「姫様は元の世界で、本当にしっかりとご教育されたのですね。娘には見習ってほしいものです」


 いやいや、サラさんの娘さんよりも私ふた回りは上ですからね? これで同じような感じだったら落ち込むよ……。

 着替え終わり、薄っすらと化粧もしてもらう。「化粧で隠すのが勿体ないほどの美しいお肌です!」とはサラさんの言葉だ。

 検証では出してないし、どうするればいいのか分からなかったから置いといたけど、私のもう一つの恩寵『身体能力強化』の後ろにはカッコ書きで「免疫抗体強化」という注釈がついている。

 健康であるというのが『身体能力強化』だというんだけど、後に付いている文言が不穏すぎる。現に私は健康だけじゃなく、肌がピチピチになっているのだ。まるで「若返った」かのようにピチピチの肌なのだ。


「とりあえず、これは置いておこう」


「何でございますか?」


「ううん、お化粧もありがとう。ちょっと早いけど食堂に向かうよ」


「かしこまりました」


 部屋から出ると床には円状に幾何学模様が描かれ、淡い光を放っている。その上に乗った私とサラさんは、食堂へと移動するのだった。







「鈍ったか、ジャスター」


「まだまだ。筆頭が恩寵を使わないなら、自分にも勝機があると見てますよ」


「大きく出たな」


 汗を流したばかりなのだろう、下は騎士服である青いスボンと黒のブーツを履いているけど、上は白いシャツを羽織っただけの状態だ。

 男性経験の不足から思わず固まる私を見て、後ろにいたサラさんが殺気?を放つ。思わず身構えた二人はさすがに騎士なのだろうけど、ごめんなさい。シャツの前だけはもう二つほどボタンをとめていただけるとありがたいのです。


「御二方!! 姫様の前で何とだらしない服装で!!」


「おや、すみません」


「稽古の後だ。これくらい見逃してくれ」


「なりません!!」


 ジャスターさんは素早くベストを身につけてくれたけど、レオさんはそのままだ。うう、割れた腹筋が神々しいよ。このままだと成仏しそうだよ。


「筆頭、姫様が茹だってしまいます。可哀想ですから前くらいボタンをとめてください」


「姫さん? わ、悪い、見苦しいところを……」


「いえ、ちょっと危うかったでふが、何とか慣れまふ」


 鼻の奥が熱くなった私は、少し上を向きながら鼻を押さえる。


「とんでもないことでございます!! 清らかで愛らしい姫様の前では服装に気をつけるよう、わたくしが徹底的に指導いたします!!」


 怒り心頭のサラさんを何とかジャスターさんが宥め(一応『交渉』は使ってない)、レオさんはバツの悪そうな顔をしている。どうやら傭兵の時の癖が抜けないそうだ。


「サラさん、それは後にしてご飯食べよう。私お腹がすいたよ」


「……かしこまりました。御二方、よろしいですね?」


「善処いたします」


「悪かった」


 ガタイの良い二人がションボリしているのも、何だか可愛いとくすくす笑っていた私を、サラさんを始めレオさんジャスターさんも温かい目で見ている。


「な、何です?」


「いや、安心した。そういう風に笑えるんだなって」


「色々あった『春姫』ですから、少し心配だったのですよ。筆頭も自分も、塔にいる人間は皆が味方ですから安心してくださいね」


「ありがとうレオさん、ジャスターさん」


「私以外にも塔の中で働く人間が増えそうです。しっかり私が見ておきますから、ご安心を」


「ありがとうサラさん」


 私の存在を塔を管理している各国の代表が知ったらしい。もう少し時間が稼げるかと思ったけど、どうやら昨日の若者達のこともあるし、情報は広まったと見て間違いないだろう。

 サラさんは国から派遣された塔でのお世話係だ。最低一人いないといけないそうだけど、私が「まとも」なこともあり、あと何人かは派遣するらしい。


「まぁ、見ていなくても塔に入れる人間は少ないでしょうけどね」


「そうなの?」


「騎士様と同じです。塔の関係者だという証の腕輪は神王様が作られたものですから。姫を害そうとする者は持つこともできません。塔にも入れませんよ。あの若者達のように」


「なるほどねー」


 温かなコーンスープに、外側はパリパリで中はモチモチのバケット、卵とチーズのオムレツに柑橘系のドレッシングがかかったサラダ、ハーブの入ったソーセージの皮がパリっとしてて肉汁たっぷりだ。美味しい。

 うん、ちょっとビールが欲しくなるね……この世界って何歳からお酒飲めるのかな……。


「このソーセージは絶品だな。町の肉屋か?」


「塔にくる定期便ですよ。今まではお金だけでしたが、紙とペンとインクを依頼した時に定期便が開設されたのです。そこで町で見ないものが手に入ります。ご入り用でしたら後で一覧表をお渡ししますが」


「頼む。それにしても紙が必要だったのか?」


「私ではなく、姫様です」


「そうなの。実は……私、絵を描くのが好きで……」


 もしかしたら笑われるかもと恐る恐る口を開いた私だけど、横に立ってたサラさんがすかさずフォローを入れてくれる。


「とてもお上手でした! あの有名な四季姫様と騎士様が駆け落ちをする絵を……」


 その時、ブッフォと謎の音が響き、レオさんの前に置いてある果実のジュースの入ったグラスが盛大に倒れた。


「だ、大丈夫ですか、レオさん!」


「悪い……」


「筆頭、くしゃみするなんて風邪ですか? 姫様にうつることはないでしょうが、いざという時に体調不良の騎士とかシャレになりませんよ?」


「ちょっと湯冷めしただけだ。ほっとけ」


 あらあらと言いながらサラさんが手際良く汚れたテーブルを片付ける中、なぜか私はレオさんの様子が気になってしょうがなかった。

 これは、何かあるな?

 鈍感系主人公ではない私は、後でレオさんを「お呼び出し」すると心に決めたのだった。きりっ。



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