15、恩寵の確認



 塔の応接室にて、サラさんの美味しいお茶を堪能している姫な私と騎士二人。

 恩寵に関して検証する必要があると、強く勧めてきたのはレオさんだった。

 ジャスターさんは一応という感じで、サラさんはそもそも騎士について詳しくはない。レオさんが強く言う理由は不明だけど、きっと傭兵で培ってきた何かが叫んでいるんだろう。


「おい姫さん。能力を知っておくことで、これから何かあった時にまったく別の結果になるかもしれないんだぞ」


「何かあった時、ですか?」


「例えば、だ。姫さんの『言語理解能力』ってやつは、俺たちの使う共通語を理解できている。だけどな、塔を守る国以外の所では共通語を使える奴は少ない。種族によっては独自の言語を使っている。姫さんはそれらを全て理解できるってことでいいのか?」


「どうでしょう……例として、先代は私の理解できない言語を使ってましたが、恩寵のお陰で彼女の日記を読むことが出来ましたね」


「なら、姫さんには言葉の壁は『ない』わけだ。この世界の裏の部分で言えば、間諜みたいなことも出来るってことだな」


 私はハッとする。この能力の良し悪しが途端に分からなくなる。そして『言語』というのがどこまでを指すのか、私は把握していないことに気づいた。


「言語は言葉だけじゃなくて、文字もだった。意識はしていなかったけど、もしかしたら暗号みたいなものも読めちゃう……とか?」


「だったら、姫さんは塔から出た時に、どこかに国に連れ去られっちまうだろうな」


「なっ!?」


 幸いにもサラさんはここに居ない。お茶菓子が無かったと、買い物に出たのだ。

 ホッとする私に、ジャスターさんは苦笑する。


「ちょっと驚かせすぎかとは思いますが、これくらい危険だということが認識できれば大丈夫そうですね」


「はい。迂闊に能力のことを話さないようにします」


「それがいいな。だが俺たちは知っていた方がいい。ああ、安心してくれ。騎士は姫を裏切らないし裏切れない」


 裏切れない? それはどういうことなのかとジャスターさんを見ると、彼も笑顔でコクコクと頷いている。そして二人は立ち上がると、私の目の前で跪いた。え? な、なに?


「俺もジャスターも、心から姫さんに忠誠を誓ったからこそ騎士になれたんだ」


「姫さまを守り、慈しみ、支えることこそ我らの生きる意味となったのです」


 よく分からないけど、裏切らないってことが分かればいいかな。この世界での絶対的な味方は、私にとって何よりも必要だ。姫を辞めなければずっと一緒に……いや、それは良くないよね。いい感じになったら騎士から解放しなきゃ。

 ……解放、できるよね?


「あ、ありがとうレオさん、ジャスターさん。これから末永く、よろしくお願いします」


 ぎこちなく微笑む私を、二人の騎士様は満足げに頷く。


「じゃあ、俺の能力『鉄壁』について説明する。さっきも見たと思うが、俺が守ろうとする対象の周りに壁を作る。見えない壁だと動かすことも可能だ。見える壁……物理的に作ることも出来るが、それだと動かすことは出来ない」


「つまりレオ団長……じゃない、レオ筆頭は簡易的な砦のようなものも造れると?」


「そうなるな。この恩寵については聞いたことがないから、春の姫さん固有のものかもしれん」


 ジャスターさんの驚いた様子に、私は首を傾げてレオさんに問う。


「この世界の土木建築って、どうなってます?」


「人力、もしくは魔道具を使ったり土の魔法を使ったりしているな。魔法も長くは使えないから、人力の方が効率よくできることもある」


「恩寵って、魔法とは違いますよね?」


「基本は世界を巡る『力』から分け与えられる。回数や時間に制限のある恩寵もあるが、何も注釈がなければ常時発動するか、制限がないことが多い。姫さんの言語に関するのは常時発動しているだろう?」


「意識して止めることも出来ますよ」


「なるほど、演技ではなく言葉が理解できないという状態も作れると。それは何よりです」


 ジャスターさんが黒い笑みを浮かべている。うーん、どういう時に使うのかは分からないから、彼に任せよう。そうしよう。


「それにしても、レオさんすごいですね。建築業者に引っ張りだこになりそう」


「……ああ、そうか。そういうのも出来るってことか」


「壁の厚さとか、高さとかもコントロールできるんですよね?」


「出来るな。一応自分の目の届く範囲でしか試していないが」


「それがいいですよ。出来たら面倒になりそうですから」


 レオさんの言葉に、またもやジャスターさんは黒い笑みを浮かべている。さすが参謀ポジの人だね。シビレるぅ!


「ジャスターさんは、確か『交渉』と『鑑定』ですね」


「ええ、自分の『鑑定』は、知ろうとすればどこまでも情報を得られます。安心してください。姫に関すること……神王様が創った物などから情報は得られません」


「それもすごい恩寵ですよ、ジャスターさん。私より危険なのじゃ……?」


「まぁ、そこはそうですね。『交渉』で何とかできそうですよ」


「ジャスターの『交渉』っつーのはなかなかえげつないぞ。相手を『鑑定』し情報を得て、『交渉』で自分を有利に持っていきつつ、物事を円滑に進めちまうからな」


「うわぁ……」


「なんですかレオ筆頭、こんな危ないものそうそう使わないですよ」


「そういいつつ、さっきの若い奴らに使っていただろうが」


「あれは、ちょっとした指導ですよ。教育的な」


 一体あの時何を言ったのかは分からないけど、貴族のおぼっちゃま達はたいそう怯えていたよね……。うう、怖い怖い。ジャスターさんには逆らわないようにしようっと。絶対に。


「あとは、そうですね……『交渉』を人間相手にしか使ったことがないので、動物にも効果があるかを試したいですね」


「動物、ですか?」


「例えば……姫様は羊をご存知ですか?


「はい。体毛を加工して服を作ったり、肉は食用になったりする羊ですよね?」


 幸いにも元の世界と似たようなものについては、そのまま日本語として訳されるらしい。見たことのない物や元の世界に無い物についてだと、現地語そのままだったりする。

 だから「そういうもの」と認識している。


「その通りです。その羊に『交渉』してみるんです。大人しく毛を刈らせてくれたら、いつもと違う食べ物をあげるよって」


「なるほど。それで羊が大人しくなるなら、人間以外にも通じる恩寵だということになりますね」


 納得した私だけど、ちょっと待てよ、それって本当に危険なんじゃないかと私は顔を青ざめさせる。二人はクスクス笑いながら私の頭を撫でてくれた。


「これも聞いたことがない恩寵だったからな。俺らは事前に確認しておいたんだ」


「羊毛狩りの時期はまだ先です。他の動物が思いつかなかったのもあって、これだけ未検証ですが……」


「いえ、すごいです」


 尊敬の眼差しで、跪いたままの二人を立ち上がらせてジッと顔を見る。レオさんは野性的だけど整った顔をしているし、ジャスターさんは切れ長の目を持つ美人さんだ。

 そして、私に比べると本当に親子みたいに見えるね……これ……。


 二人を見上げながら少しだけ落ち込んでいると、レオさんはそっぽ向くし、ジャスターさんは口元に手をあてて何やら震えている。どしたの?


「姫さん、あー、いや、何でもない」


 ほんと、どしたの?

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