14、塔に来た騎士二人



 春姫としての服はヒラヒラフワフワのドレスしか無いと思っていたら、気づくとドレッサーに青い服が何着か追加されていた。

 比較的動きやすそうな青いワンピースに、カッチリとしたジャケットは金糸の縁取りがされていて軍服みたいになっているものだ。


「わぁ、これはレオさんたちとお揃いっぽくて良いですね」


「それはようございました。この仕立てなら動きやすいでしょうから、お昼からの『恩寵検証』にも着て行けそうですね」


「そ、そうですねぇ……」


 レオさんとジャスターさんは、荷物をもって今日からでも塔で住むことになる。レオさんは傭兵団の専用宿舎に住んでいて身軽だと言っていた。ジャスターさんの住んでいる家には姉夫婦が住むらしく、彼も早々に引き上げてくるそうだ。

 展開が早い気がするけど、気のせい……だよね?

 早いに越したことはない。そう、私の本職である『四季を変える』仕事に入る必要があるからだ。

 それにしても……なぜか例の姫読本(名前をつけてみた)には、次にやることが載ってないんだよねぇ……中身にイラっとして投げたり乱暴にしたからヘソを曲げたかな?


「姫様、それとご報告なんですが……」


 サラさんの言葉に、私は思わず口をぽかんと開けてしまった。







「春姫様! どうか私を騎士に!」


「私達を選んでください! 貴族です!」


「学校でも好成績をおさめています! どうか私に!」


 これはどういうことだろうとサラさんを見るも、彼女はただ首を振るだけだ。つまり、ここは私が対処しなければいけないということだろう。

 うーん、困った。姫読本にはもちろん何も書いてないし、どうしたもんだろうと途方にくれる私。目の前には高校生くらいの男子三人がいる。

 そして、彼らは私が許可していないので、塔には入れていない状態だ。入り口から門までの数メートルでのやり取りというのはどうかと思うけど、これはサラさんが譲らなかった。


「すみません。私はまだここに来て日が浅いのです。騎士を選ぶというのは……」


「ほ、本当に喋った!」


「情報は本当だったのか!」


「外見も声も愛らしい!」


 彼らが顔を赤くして興奮している様子に、これはちょっと早まったかと私は冷や汗をかく。その時、テンパる私はブワッと何か温かいものに覆われ、目の前に広がるのは綺麗な青色。


「黙れ。春姫様の御前で見苦しい真似をするな」


 低く響くバリトンボイスに、私は包まれたのはレオさんのマントだと気づき硬直する。信頼している男性とはいえ、肉体的接触は色々と無理だ。なんかいい匂いがするし無理。


「君たちには、まだ騎士になるのは早いようですね」


 ジャスターさんの声も聞こえる。こっそりマントから覗くと、三人の男子のそばでジャスターさんが相手をしてくれている。


「姫さん、大丈夫か?」


「は、はははははい」


「悪い。大丈夫じゃないよな。まだこの世界に慣れてもいないのに……あの馬鹿どもが」


 レオさんから立ち昇るオーラのようなものを感じながらも、私はそれを不思議と怖いとは思わなかった。レオさんと初めて会った時は、話しているだけでも多少は緊張していたけど今はそれが全然ない。もしかしたらこれが『姫』の『騎士』ってことなのかなぁ。不思議。

 それはともかく、レオさん近い。ちょっと離れたいけどマントに包まれてしまってる私。赤子かよと言いたい。


「君達は騎士志望ということですが?」


「そうだ! あそこにいる傭兵が青を着ているが、年齢的にも我らの方が相応しいだろう! 春姫様と話をさせろ!」


 あー、なるほど。傭兵だったレオさんが彼らの講師をしてて、そこから春姫の騎士になったってことが分かったのかな。それなら自分たちも騎士にってなったのかもね。

 年齢で選ぶつもりはないけど、さすがにこれは無いわー。


「レオさん、私が出ます」


「あん? ちょっと、姫さん!」


 レオさんの制止する声を聞かず、私は塔の門に集まっている小童共の元へと向かう。私が姿を見せたことによって顔を輝かす彼らを、私は冷めた目で見る。


「ジャスターさん、私から一言いいですか?」


「もちろんです。いとけなき春の姫君」


 芝居がかったような一礼したジャスターさんが私の左後ろに立ち、レオさんも私の右後ろに立つ。

 目の前にいる若い彼らは、何かの圧力を感じたのか顔を引きつらせる。私は低身長だけど後ろの二人は高身長でガタイもいいから、若い男子達が何人集まっても敵わないような迫力だろう。


「並々ならぬ情熱をお持ちであることは分かりました。ですが、私は貴方達を騎士にすることはありません」


「なぜです!?」


「私は異界から参った者です。私の世界では、『年長者は敬うもの』とあります。この世界ではどうか知りませんが、身分関係なく年長者を、ましてや講師であった元傭兵団長を軽んじるその心根の方を騎士に選びません」


「そんな!! 私達は貴族ですよ!?」


「私の国に、貴族という存在はおりません。ということは、私も貴方達から見れば下の存在ですね」


「違います! 春姫様なんですから貴女は特別ですよ!」


「では、私が姫でなくなった時に蔑まされるのですね」


「そっ……それはっ……」


 私は怒っている。だってレオさんもジャスターさんも、こんな私について来てくれる優しい人たちだ。それなのにこの若造な馬鹿造三人は、まったくもって……。


「我が姫君のお言葉です。しかと受け取ってくださいね。お帰りはあちらです」


 ジャスターさんは笑顔で言うと、続けて若者たちに何かを囁く。すると二人は逃げるように去って行ったが、一人は残って私の方に向かって来た。


「春姫様!! 私は……ぐぁ!?」


 私に向かって伸ばした彼の手は、何かにぶつかったような感じで弾かれている。レオさんが涼しげな顔で私の背をマントで覆ってて、そのマントが堅い壁のように思える。何だこれ。


「姫様には指一本触れさせぬ。諦めよ」


 これが『鉄壁』なのかな? すごい防御力が高そう……昔やってたゲームを思い出すなぁ。それとさっきジャスターさんが何か言ってたのも、もしかしたら『交渉』とか恩寵を使ったのかな?

 すごすご逃げていく若者達の後ろ姿を見ながら、私はほうっと息を吐く。そしてレオさんとジャスターさんに向き合って背筋を伸ばす。


「ようこそ、春の塔へ。今代の春姫として、筆頭騎士レオと、騎士ジャスターを歓迎します」


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