6、騎士になりませんか?



 やばい。これはやばい。

 少年から青年にさしかかる年齢の男子たちの中に立つ、際立って均整のとれた体を持つ男性。指導する立場だからか険しい顔をしているけど、日本だったら某男性雑誌の外国のモデルさんになれるだろうってくらいの格好良さだ。

 三十代半ばくらいのイケメン。いいよ。すごくいいよ。


「サラさん、指導している傭兵さんとお話することはできますか?」


「え? あの傭兵とですか? ……少しお待ちください」


 私の言葉に少し驚いたような顔をしたサラさんだけど、すぐに学校関係者に聞きに行ってくれる。ありがたい。

 一人になってぼんやり訓練を見ていると、私と同じように見学していた男性が話しかけてきた。


「可愛らしいお嬢さん、お婿さん探しかな?」


「へ?」


「おや、違うのかい? てっきりここにいるお嬢さんたちと同じように、騎士学校の学生に自分を売り込もうとしているのかと思ったよ」


「売り込むんですか?」


「騎士になれなければ、彼らも姫様以外の女性と結婚しなければならないからねぇ。あそこにいる私の娘もそうなんだが、ここにいる男子たちは将来有望だから……」


「なるほど」


「君はとても可憐で愛らしいから、すぐに決まるだろうね。羨ましいことだよ」


「そ、そうですか? ありがとうございまーす」


「ほら、訓練している学生たちは君に注目しているよ。うちの娘もなんとか売り込めないものかねぇ」


「あはは」


 可憐だと愛らしいだの言われても、この世界での私はイキオクレのオバサンだ。彼らも母親くらいの年齢の嫁なぞ願い下げだろう。

 そんな雑談をすませると、男性は娘さんのいる所に戻っていった。どうやら私が婿探しをしていないと分かって興味が失せたらしい。

 訓練する学生からの視線に居心地の悪さを感じつつ待っていると、サラさんが美丈夫な傭兵さんを連れてきてくれた。紺色の髪をかき上げながら、少し不機嫌そうにしているのがまたいい感じに色気が出ている。うほっ、眼福だわ。


「姫……お嬢様、傭兵団で団長をされているレオ様です」


「あー、様づけとかいらん。レオでいい」


「ではレオさんと。ハナ・トーノです。もし良ければお話が聞きたいんですけど」


「そこの人にも言ったけどな、騎士候補に近づきたいなら俺じゃ力になれんが」


「いえ、私は傭兵さんのお話が聞きたいんです」


「傭兵ねぇ……まぁ、うちには若いのもいるが」


「いえ、年齢はレオさんくらいでお願いしたいんです」


「既婚者が多いぞ?」


「構いません! むしろそれで!」


 私の言葉にサラさんが驚いた顔をしたけど、この場では何も言わないことにしたようだ。

 ごめんねサラさん。私は若い男子を騎士にして結婚する……っていう、他の姫とは違うんじゃよ。


「じゃあ、立ち話もなんだ。応接室に案内する」


 ぶっきらぼうだけど、私とサラさんが疲れているだろうと案内してくれる、彼の好意はありがたかった。お言葉に甘えた私たちは、学校内に入ると少し薄暗い一室に通される。

 お茶もレオさんが出してくれた。フレッシュティーを飲みやすくするよう、蒸らす時間を少なめに出したところがサラさんを唸らせる気づかいだったみたい。

 お茶を出したところで、レオさんはソファにふんぞりかえるように座ると、いかにも面倒くさいといった様子で口を開く。


「それで? 一体どういう目的でここに来た?」


「無礼ですよ!」


 さすがに我慢できなくなったサラさんが声を荒げる。私は慌ててサラさんを抑えようとするも、どうやらレオさんの態度は彼女の腹に据えかねたらしい。


「この方に対し、これ以上無礼な物言いをしたら私が許しません!!」


「へぇ、無礼ねぇ?」


 晴れた青空のような綺麗な瞳で、レオさんは私を見る。

 ああ、きっとこれは私が悪かったんだなと気付いて手を挙げると、サラさんは黙って身を引いてくれた。私だからか姫だからか分からないけど、私の味方としてサラさんが仕えてくれることがありがたいとしみじみ思う。

 さてと、ちゃんと説明しないとね。きっと怒らせて私達の魂胆を探ろうって、なんとなくだけど感じたから。


「すみませんレオさん。まずは私のことを話します。それを聞いた上で傭兵団の話を聞かせてください」


「ハナお嬢様のことを?」


 どこか楽しそうな様子で私の言葉を聞いたレオさんは、次の私の行動に顔を青ざめることになる。

 立ち上がった私は、フードを外して前髪を押さえて額を出した。


「今代の春姫として、異界から召喚されたハナ・トーノと申します。私の話を聞いていただけますか?」


「え? ひ、姫? 春の?」


「ええ、そうですよ。幸いにも言葉が通じる恩寵をいただいたので、この世界の皆さんと意思疎通ができます」


「姫……本物の……」


 よほど驚いたのが、レオさんが呆然とした顔でブツブツ何かを呟いている。小さいとか何だとか言ってるけど、低身長はそういう家系だから放っておいてほしい。

 ん? もしかして、この人にも私は子供だって思われているとか?


「ひどい話だ……。か弱き少女が親元を離れて世界を渡るとは……」


「レオ様! 分かっていただけますか! それでも姫様はお役目を全うしようとされているのです!」


「そうか……俺ってヤツは、そこらにいる結婚願望の強い女と同列に考えるとは……!!」


 ああ、確かに結婚願望は弱いほうですが、叶うのならば結婚したいですけどね。無理だと分かっているんで、そういう願望は弱いだけなんですけどね。ははは。

 なぜかサラさんとレオさんは一致団結?したらしい。私は蚊帳の外だけど……まぁ、いいかな。


「私が姫だと認識していただけたということで、話を進めても良いですか?」


 すっかり畏まってしまったレオさんに、ちょっと残念だなと思いつつも私はしっかりと意思を伝えるために腹筋に力を入れる。


「レオさん。私の……春姫の騎士になりませんか?」




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