5、騎士学校へいこう



 翌朝をスッキリとした目覚めで迎えた私は、サラさんにお願いして町にいる人が身につけている普段着と、頭に巻く布を頼んだ。


「姫様はなぜ『姫』であることを隠されるんですか?」


「姫とか恥ずかし……げほげほっ、あ、あくまでも今日は見学ってことだし、その場で騎士を決めるわけじゃないからです、よ?」


「そうですか。前髪もありますから、額は隠れますけど……本来、春姫様は外出時に青色の服を着ることが決まりなのですが」


「ああ、だからクローゼット開けても、ヒラヒラの青い服しかなかったんですねー」


 ヒラヒラとフリルのたくさんついた青色のドレスは、三十代にとって嫌がらせとしか思えなかった。もう少しシンプルなデザインにならんものだろうかと思う。

 まぁ、これが決まりならしょうがないのかな……裾とか踏んで転びそうなんですけど。

 サラさんが用意してくれた服は、ひざ下の紺色のワンピースに茶色のショートブーツ。外は少し寒いらしくニットのケープをつけてくれていた。それにはフードが付いていて、前髪をしっかりおろしてフードをかぶれば姫だとバレることはないだろう。


「うんうん。これならシンプルだよね。ありがとうサラさん」


「春姫様がご満足されたのなら、良いのですが……」


 私は大満足なんだけど、サラさんは若干不満そうだ。もしかしたらクローゼットにあるフリフリドレスを着せたいのかな……それだけは勘弁願いたい。無理。フリルはやめれ。

 塔の中の移動はまだ慣れていないため、金魚のフン状態でサラさんについて行く私は、この異世界『フィアテルエ』で初めて外出することになった。







「サラ! 今日は野菜が安いぞ! 買っていかないのか!?」


「ごめんねぇ、今日は塔のお使いじゃないのよー」


 塔の周りにある芝生を出るまでかなり歩いた。それが途切れると農場が広がっている。さらに歩くと、ちらほらと露店が出てくる。いつもそこで食材を買い付けているというサラさんには、お店を出している人達から声がかかっていた。塔で働いているというだけで、それがある種のステータスになるとサラさんの説明から感じた。


 いくつかある露店の中で、絵が飾られている店に私の目は吸い寄せられる。美少女や美青年の全身像が色々なポーズで描かれているもので、写実的な感じの綺麗な絵だ。


「おや、お嬢ちゃんは姫様と騎士様の絵姿が欲しいのかい?」


「絵姿……」


「今の人気は夏姫様かなぁ。ツンとした感じが愛らしいって評判だ。お嬢ちゃんなら冬姫様か? 男装の麗人って騒がれているからなぁ」


「絵姿……」


 なんということでしょう。

 姫とか騎士って、そういう人気商売みたいな感じなの? いやでもほら、日本でも皇族のカレンダーとかあるし、イギリスでも王室のグッズとかあったりするから、そんな感じなのかもしれない。『姫』という存在は畏れ敬われる存在で、季節を象徴する身近な有名人みたいなものかも……。

 いやいや無いわぁ。本当に無いわぁ。まさか、私の写真とか出回るとか無いよね? 

 うんうん唸る私の後ろにいるサラさんが、笑顔をみせると小さな声で言う。


「春姫様が騎士様を得られれば、ご公務の時に絵師たちが押し寄せることでしょう」


「マジですか……」


 顔を引きつらせた私は、聞かなかったことにして歩き出す。サラさんに悪気はないのは分かるけど、若い時なら嬉しかったかもしれない姫扱いも三十路にはキツい。正直言ってシンドイ。


「ここを真っ直ぐに行けば騎士学校があります。この町は塔のお膝元ですから、大きい規模の学校になります」


「お膝元?」


「塔は神王様の造られたものですから、神様のように祀られているのです。その近くにある町や施設は『塔のお膝元』とされますね。ここのような大きな学校は世界に四つありまして、それぞれ優秀な騎士候補生たちが集まります」


「お膝元だと優先的に近くの塔の騎士になったりするんですか?」


「いえ、学校に行かずとも、優秀な人間であれば騎士になることがあります。ですが優秀な成績をおさめると、四季姫様と会う機会を作ってもらえるんです」


「そう、ですかぁ」


 あははーと乾いた笑いでやり過ごす。言葉が通じなくて心を病んでしまった歴代の春姫という前例があるため、今代は違うって言ってもきっと誰も来ないだろう。塔に騎士が集まらないのも当然だ。

 落ち込みたくなるけど、ここで生きていくには『姫』っていうのをやっていかないとなんだよね。思考を切り替えなきゃ。


「とにかく、姫には騎士がいないとダメだ、と。 よーし! しっかり探さないと!」


「はい! 春姫様!」


 塔に乗りものはあったけど、春姫の紋章デザインされている「馬車」しかなかったのだ。目立ちたくない私は泣く泣く徒歩を選択していた。

 でも、ここで驚いたのは『身体能力強化』の恩寵だ。普段なら息切れするような運動をしても、まったく疲れない。素晴らしい。若い時以上の体力があるように感じる。


 市場を抜けて小一時間ほど歩くと、日本で見たミッション系の学校みたいな外観が見えてくる。


「うわぁ……立派ですねぇ」


「声が聞こえてきますね。ちょうど訓練の見学ができそうですよ」


 サラさんが門番の人に二言三言話すと、そのまま通される。建物には入らず外にある訓練場に行くとのことだ。


「今日は運良く一般公開の日でした。門番の人には塔の関係者とのことで通してもらいました」


「どうやって分かるの?」


「塔の腕輪が国から発行されるんですよ。これがあれば、色々と融通がきくんです。もちろん厳しく審査されますけどね」


 そう言って腕輪を見せてくれたサラさん。私はなんとサラさんの娘だということで通されたらしい。解せぬ。


「ほら、春……お嬢様、騎士見習いたちが剣術を習ってますよ」


 私のことを姫ではなく「お嬢様」と呼んでくれるサラさんに、トコトコ付いていく私。

 そこには、すり鉢状の造りになっている闘技場のような施設があって、囲いの外から覗くと、高校生くらいの男子たちが一生懸命剣を振っている。聞けば彼らは小学生くらいの年齢だそうな。


「子供に危ないことさせるなんて」


「あら、お嬢様もそんなに変わらないでしょうに」


「せ、成人は、してる、です、よ?」


 もごもご言って誤魔化しながらも、私は汗をかく男子たちの青春っぽい構図に目を向ける。

 うん。無理。

 年齢聞いちゃったら無理だよ。


「もっと年上の騎士見習いさんはいないんですか?」


「彼らが最年長です。卒業生は姫様の騎士様になっているか、国の騎士団に入っているか、傭兵として腕を磨いてるかしていますから……」


「傭兵?」


「騎士団は主に治安維持が務めとなります。傭兵団は『魔獣』という危険な生物を討伐するのが仕事です。ほら、あそこにいる教官の一人が傭兵みたいですね」


 サラさんの指差す方向を見た私は、思わず固まる。

 細身の体で必死に剣を振る若い騎士見習いたちの中で、一際目立つ体躯を持つ男性。紺色の髪を無造作に後ろに流し、躍動感溢れる上腕の筋肉が肩まで捲った袖から見え隠れしている。

 彼の指導する際に出る低いけど良く通る声は、場内に響き渡り私の下腹にまで伝わるくらいだ。


「あれが、傭兵……」


 私は無意識にゴクリと喉を鳴らしていた。

 

 

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