7、それでいいです
「ちょっと待て。アンタ……春姫様、今なんと? ご自分のお言葉を理解しておられるのか」
「話し方は普通でいいですよ。ええと、いいですよねサラさん」
「公式の場でなければ、姫様の良いようになされればと」
うっ、公式の場なんてあるのか。嫌だな……じゃなくて、今はレオさんに騎士になってもらわねば。
私が彼を騎士にしたいと思ったのは、ハッキリ言って「勘」だ。
本を読んだり、サラさんから話を聞いたところによると、この世界には「魔獣」と呼ばれる動物の強いやつみたいなのがいるらしい。ファンタジー小説に出てくるモンスターみたいなものだ。それらと前線で戦っている存在、それが「傭兵団」だ。
レオさんは、荒くれ者も多いといわれるその傭兵団をまとめている団長さんだ。きっと強者だろうと思う。なにせ服の上からでも分かる、この鍛え抜かれた筋肉を見ろってんだ。
はい。ぶっちゃけ好みです。お仕事でついただろう、しっかりと鍛えられた筋肉は大好物ですサーセン。まぁ「勘」っていうのは嘘じゃないけど。
「貴方なら、レオさんならと思いました。どうか、私の騎士になってください」
お願いしますと頭を下げようとした私の肩を、大きく温かい手で優しく押さえられる。その温かさに触れた時、なぜか目の前が曇り、床に水がポタポタと落ちた。
「お、おい、なんで泣く!?」
「姫様!! まさかレオ様……!?」
「俺はまだ何もしてねぇだろ!! アンタ見てただろうが!!」
「まだ何も……? まだって言いましたよね!! この町でレオ団長の二つ名を知らない者はいないのですよ!?」
「いや、何もしてねぇって!! 落ち着けよ!!」
どうしてだか涙が止まらなくてパニックになってたけど、私のために怒ってくれてるサラさんと、慌ててるレオさんを見てると無性におかしい。なんでこの人たちこんなに一生懸命なんだろうと思ったら、泣きながら笑ってしまった。
私の様子を見てホッとしたようなサラさんと、ふくれっ面のレオさんがやっぱり面白くてまた笑っちゃう。
「ごめんなさい。あの、人の温もりが久しぶりで……」
「す、すまない。つい肩をさわっちまって」
「本当ですよ! 清らかな姫様になんてことを!」
いや、サラさん落ち着いて。確かに言われるとおりですが、この年で清らかっていうと小っ恥ずかしいと言いますか……。
「あの、お気になさらず。私は異界から来たのでスキンシップ……ええと、触れ合いとかは気にしないですよ」
ただしイケメンに限るけどね!
レオさんは若くないけど、整った顔を持つワイルド系イケメンだ。許す。
私はゆっくり息を吐いて心を落ち着かせると、レオさんに確認をする。
「あの、騎士って誰でもなれるんですよね?」
「ああ、そうだ」
どうやら私の涙が荒療治?になったのか、レオさんの言葉づかいは仰々しいものではなくなってた。それが嬉しくて、私はニコニコ顔で続ける。
「私はこの世界のことをちゃんと知りたいです。お役目を果たすには若い騎士候補よりも、経験を積んだ強い傭兵の方が良い気がしたんです」
「そ、そうか」
なぜか私の笑顔を見て顔をそむけるレオさん。あ、すいません。ヘラヘラしちゃって。
気合を入れ直すために背筋を伸ばし、キリッとした顔をする。
「独身でも既婚者でも構いません。私がしっかり『春』を呼べるように、協力してくれる人なら、誰でも」
「だが、騎士っつーのは結婚する相手としても選ぶ基準がな……」
「私は結婚しません。できません」
「なんでだ? 姫さんなら……」
「私は異界の人間です。そして歴代の春姫たちが、ここの人達にどう思われているのか分かっているつもりです」
「それは……」
レオさんはとても悲しげな表情になった。私の外見は子供に見えるらしいから憐れんでくれているのかな。そこは気にしないでくれていいんだけどな。
確かに私は年増だし、この世界の常識だと今の年齢で結婚というのは難しい。いや、無理なんだろう。
だがしかし。
私がこの世界で生きていくには『春姫』っていうこっ恥ずかしい名のお役目をやっていかなきゃいけない。そしてこの仕事をしている間、衣食住はなんとかしてもらえる。少なくとも飢え死にすることはない。
しっかり老後に備えてお金を貯めて、お一人姫様ライフを堪能してやろうじゃないのって、思ってるわけですよ。
「あー、姫さんの気持ちは分かった。だが、俺が騎士になるっつー話はちょっと待っててくれ」
「もちろんです。すぐにお返事いただけるとは思ってなかったので」
「いや、そういうんじゃねぇんだ。俺は今この学校の講師をやってて、それがあと一週間で終わる。そうしたら騎士になる。それでいいか?」
「……へ?」
思わず間の抜けた声を出してしまった私を、なぜか嬉しそうに見ながらレオさんは続ける。
「ただし、俺を一番最初の騎士にしてほしい。他にも騎士にしたい男がいるなら、俺もしっかり見定めたいからな」
「うぇ、あ、はい? いや、まだレオさんだけですけど?」
「そうか。なんか嬉しいな。そういうの」
ニヤリと男臭い笑顔をみせたレオさんに私の鼓動は少しだけ早くなる。こういう外国風の野性味溢れるイケメンに対して、純日本人である私は免疫がないからしょうがない。
なぜかサラさんに睨まれたレオさんは慌ててすました顔をする。
「塔に戻るのか? 送ろうか?」
「そこまでは結構です!」
「まぁまぁ、学校の馬車を借りれるし、姫さんだと知って歩かせる訳にはいかねぇよ。頼むから」
「サラさん、私、馬車に乗ってみたいです」
「送ってもらいましょう!」
私がオネダリするだけでサラさんは即了承する。ちょろい! ちょろすぎるよサラさん!
馬車の揺れが激しいという異世界あるあるネタはあったものの、気を利かせたレオさんがたくさんクッションを置いてくれたので私の尻は守られた。ありがたいことだ。
「こういう、女性の扱いに慣れているところが少し心配なのですよ」
道中ため息混じりに言うサラさん。
最初はそうでもなかったのに、騎士にするって言った途端、やけにサラさんがレオさんに厳しい気がするな。塔に帰ったら理由を聞かないとね。
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