23、過保護な執事と旅に出る姫と騎士たち



 いつになく早く目が覚めた私は、ゆっくりと伸びをする。

 恩寵の『身体能力強化』のおかげで、寝起きで体の疲れを感じることなく気分は爽快だ。


「姫様、起きてらっしゃいますか?」


「起きてるよ。おはよう、サラさん」


 天蓋付きベッドの白い布の向こうから声をかけられて、ふわぁと一つあくびをしてベッドから降りると絶妙のタイミングでサラさんが着替えさせてくれる。

 相変わらずボタンがたくさんついている青い軍服に身を包み、薄く化粧してもらうとサラさんが優雅に一礼する。


「それでは、私は遠征の準備に向かいます。出発まで姫様の護衛は執事長が務めますので……」


「わかった。大変だと思うけどよろしくね」


「もったいないお言葉……感謝いたします」


 儀式を行う場所へ向かうための遠征準備は、本来なら男手であるバスチアンさんにお願いするところだ。でも今回はサラさんが途中まで準備していたので、そのまま続行してもらったんだよね。

 サラさんが部屋から出て行くと、入れ替わるように部屋にきたバスチアンさんに「おはようございます」と低い声をかけられて少しドキドキする。


「お化粧までされてますが、まだ時間はありますよ。お風呂はよろしいですか? お手伝いしますが……」


「いえ! 大丈夫です!」


「かしこまりました。朝食まで時間があるので、温かいお茶を淹れましょう」


 バスチアンさん……いや、バスチアンさん改めセバスさんは、私がどこまで許すのかというのを巧みに読み取ってくれている。

 よくあるラノベに登場する貴族とかは、すべてを手伝ってもらってたりするし、お風呂まで世話してもらっている描写がある。それだけは勘弁願いたい。

 多少肌ツヤが良くなっても、人様に見せられる裸じゃないからね。

 どこかの野獣筆頭騎士に半裸を見られた気がするけど……うん、あれは忘れよう。


「ここに来て早々なんですけど、塔の留守役としてよろしくお願いしますセバスさん」


「お任せくださいませ。なぜか姫様にセバスと呼ばれると、背筋が伸びる思いがしますね」


「なんというか、愛称みたいなものだと思ってください」


「ふふ、愛称で読んでいただけるとは光栄です」


 穏やかに微笑むセバスさん。目尻の皺とか、口元のお髭とか、ああ……尊い……。

 にやけている私を見たセバスさんが、なぜか眉間にシワを寄せている。


「姫様、旅をしている間は絶対に一人になってはダメですよ。必ずサラと一緒にいるように」


「え? あ、はい。分かりました」


「本当に分かってらっしゃるのか……こうなったらサラにヤられる前にヤれと言っておかなければ……」


 セバスさんの呟きが不穏すぎる件。

 身体能力強化って聴覚も強化されてるのか、小さな声も聞こえるんだよね。

 きっと荒くれ者たちが集う傭兵の中に、か弱い?私が一緒にいるというのは危険ということだろう。


「姫様、筆頭である彼とも二人きりにならないようにしましょうね」


「それこそ、騎士だから大丈夫でしょう?」


 姫と駆け落ちしたサラさんの憧れの騎士様だよ? いや、これは墓場まで胸にしまっておくけどね。

 のほほんとしているとなぜか保護者と化したセバスさんが、朝食まで懇々と私に「男というものは」と言い聞かせてくるのでした。ぐぅ。







 青い空、広がる緑の芝生、その向こうに集まっている傭兵団の人たち。

 塔の出入り口で立ち止まっている私は、レオさんから聞いた儀式までの流れを脳内で思い返していた。


 儀式が行われる地には、神王の作った儀式殿がある。そこを目指すまでに、周辺の町や村に立ち寄り歓待を受けることになっているそうだ。

 四季を司る『姫』の存在は、この世界の人たちにとって神様みたいなものだ。道中、挨拶やら何やらしながら儀式の場に向かうことは、有名人のライブとかパレードみたいなのかもしれない。

 一ヶ月に一回くらいの頻度とはいえ、こんな行軍をしていたら時間がかかってしょうがない。本当は儀式だけパパッと済ませて帰りたいんだけど、周辺住民の皆様からの歓待は受けないといけないらしい。


 うう、すごくいやだ。


 だって、すごい美女とか美少女ならいいけど、私はとにかく平凡な和顔なだけだし。姿を見せた日には、絶対にがっかりされるよ。

 身体強化されたおかげでよく回る脳みそをフル回転させて、私はある事を思いつく。


「サラさん、ベールある?」


「ベールですか? 日除けのベール付きのお帽子はありますが」


 サラさんの持ってきた日除けの帽子を受け取った私は、それを深くかぶる。


「姫様、それだと出立の挨拶で、皆さんお顔が見えませんよ」


「いいのよ、それで。まだこの世界に慣れていないってことにして、馬車に引きこもることにするから」


「ですが姫様……」


「今回だけ。次からはちゃんとするから」


「そうですか。姫様がそう言うのなら従いますが、傭兵たちが残念がるでしょうね」


 そうは言っても顔を見たところで「私」なんだし、がっかりするだけなんだから別にいいじゃないかと思う。自分で言ってて悲しくなるから、あまり考えないようにしてるけどさ。


「サラさん、レオさんとジャスターさんに伝えといて。姫として外にでるけど顔は見せないからって」


「かしこまりました」


 塔の外で傭兵団の人たちと談笑しているレオさんのところに、サラさんが小走りに向かうのが見える。なんとか伝わったみたいで、レオさんが私の方を見て軽く手を上げてくれる。上手くいくといいんだけどね……。


 こうして私の、異世界での初旅行はスタートしたのだった。



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