22、夢を叶える姫と似ている親子



 ロマンスグレー。なんという良い響きなんだろう。

 背筋をまっすぐに伸ばした、綺麗な所作をするその男性は自分の父親くらいの年齢だろうか。口元の髭も整えてあって、いかにも……そう、「いかにも」な感じだ。


「お父さん!!」


「ええ!?」


 突然大きな声を出したサラさんに、私も思わず大きな声を出してしまう。ええ? この人がサラさんのお父さん? マジで?


「サラじゃないか。こんなところで何を……ああ、なるほど」


 ちらりと私を見て、サラさんのお父さんは何を納得したのか一つ頷くと小声で囁く。


「お嬢様、ここでのご無礼はお許しください」


「え? あ、はい」


 何だかよく分からないけど、とりあえず頷いておく。サラさんのお父さんというのもあるけど、なぜか任せておけばいいような気持ちになる。

 分からない。なんだろうこの気持ち。この人から漂う何ともいえない「いかにも」という雰囲気。

 そうだ。これはきっと。


「セバスチャン?」


「おや、違いますよお嬢様。私はバスチアンと申します」


「惜しい!」


「おやおや」


 初対面である私が失礼なことを言ったのは自覚している。それでも、なんとしても彼は「セバスチャン」であって欲しかったのだ。漂うこの万能な執事感が半端ないっす。ふおぉ。


「姫さんは何を言ってるんだ?」


「さぁ、自分にはよく分かりません」


 レオさんとジャスターさんが会話していたけれど、バスチアンさんが二人をひと睨みして黙らせる。すごい。


「ここでは『お嬢様』ですよ」


「そうだった。悪い」


 素直に謝るレオさんにバスチアンさんは微笑む。こういう時にレオさんは偉いなって思う。頑固に見えるけど、ちゃんとしている人に対しては礼を尽くすんだよね。


「さて、お嬢様は何をご所望でしょう。バスチアンがご案内しますよ」


 穏やかな笑みを浮かべるロマンスグレーな紳士のお誘いに、ああ、やっぱりセバスチャンって呼びたいと切に願う私だった。







 ひと通り町の様子を見学した私たちは、夕方になったところで塔に戻ることにする。バスチアンさんが間に入ってくれたおかげで、お忍びで町に来た良家のお嬢様という(ちょっと恥ずかしい)感じになり色々なお店を回ることができた。本当にありがたかった。

 家に帰るというバスチアンさんと別れ、帰り道にふと考える。やっぱり執事というか、家令みたいな存在って必要なのかなと。


「ええ、塔の中で働く者たちを管理する人間は必要です。今のところ私だけですが、人数が増えれば男女一人ずつは必要かと」


「サラさんじゃダメなんですか?」


「私でも良いのですが、やはり男性もいた方が良いと思います。女性だと侮られることもありますから」


「え? そうなの?」


「先日の騎士学校から来た生徒達も、私だけでは止められませんでしたから。本来なら騎士様や姫様が出る話ではないのです。……私の力不足もありますが」


「そんなことないよ。サラさんは頑張ってくれてるよ」


「ふふ、ありがとうございます姫様」


 馬車に揺られながら話していると、御者台に座っていたジャスターさんがサラさんに問いかける。


「バスチアン殿は、どこかで家令をされているのですか?」


「王都の貴族様の屋敷で家令としてどこかの家にいたはずですが、お役目が終わったのだと思います」


「お役目とは?」


「執事の教育係をしているんです。色々な家から勤めて欲しいと要望はあるんですけど、全部断ってますね」


「へぇ、セバ……バスチアンさんって人気者なんだね」


「そうですね。父はとても優秀で、私も塔に来る前にみっちり扱かれました」


 そうかぁ、もしかして塔に来てくれるかなって思ったけど無理そうだよね。なんせ「あの春姫」に仕えるとかさ。


「父はきっと姫様の所に来ますよ」


「はぇ!? な、なんで私の考えてることが分かったの!?」


「姫様のお顔に出てましたから」


 顔に出てたの? マジで?

 私は感情が顔に出るタイプじゃなかったはずなんだけどなぁ。昔から「難しい子」とか「かわいくない」とか言われてたし。弟は逆に可愛がられていたけどね。


「姫さんは分かりやすいよな」


「レオさんまで……」


 私だって社会人経験もあるし、それなりに対人スキルはあるほうだと思うんだけど……。それでもここは異世界だ。まだまだ世間知らずで勉強中の私なんだから、人の忠告はしっかりと聞いておかないとね。

 いやいや、それよりも今はサラさんのお父さんの事だ。


「サラさんセ……じゃない、バスチアンさんが塔に来てくれるの?」


「ええ、なにせ親子ですから、色々と似てるんですよ」


「そう? 似てる? でも、来てくれると助かるよね」


 バスチアンさんの口元は整えてあるお髭で覆われてるから分からないけど、目元はサラさんと同じ優しい感じだったかも。うんうん。


「なるほど。バスチアン殿も自分たちと同じということですか」


「へぇ、それなら上手くやっていけそうだな」


 ジャスターさんとレオさんが顔を見合わせて頷き合ってる。上手くやっていけるのならば、なによりです。







 翌日、大荷物を抱えたバスチアンさんが塔にやってきた。

 すでにサラさんは部屋を用意しているというし、レオさんもジャスターさんも塔の中でやる仕事の打ち合わせをする気満々だ。なんだろう、この『姫』である私の置いてきぼり感。パネェっす。

 私が塔の前に立ってバスチアンさんを招き入れると、彼の右腕が微かに青く光る。


「腕輪も大丈夫そうですね」


「塔に受け入れてもらえたようで、ホッとしておりますよ」


 私だけじゃなく神王とやらの創った塔にも認められ、初めて『塔の関係者』の証である腕輪が授けられるそうな。

 サラさんは最初、塔だけに認められて関係者になったけど、私がすぐにサラさんに懐いた?のでそのまま継続となったそうな。


「ところで、ひとつだけお願いをしても良いですか?」


「なんなりとおっしゃってください。姫様」


「あの、セバスって呼んでも、いい、ですか?」


 夢だったの! お嬢様になった自分が執事を「ねぇ、セバス?」とか相槌を求めたりとか、夢だったのー!

 ちょっぴり恥ずかしくて、モジモジしながらバスチアンさんを見上げると、ちょっとだけお髭が震えてるのが見える。やっぱりダメかな? ダメならいいんだけどな? バスチアンさんも背が高くて、羨ましいなんてどうでもいいことを考えながら返事を待つ。


「……お好きに呼んでくださいまし。姫様」


「ありがとう! 嬉しい!」


 満面の笑みでお礼を言って、心の中でガッツポーズをとる私。

 後ろでむせてるレオさんたちがいたけど、笑いたきゃ笑え。執事のバスチアン……いや、セバスさんをゲット!


 やったね!


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