21、再び町へ行く
町に行ったレオさんが帰ってきたのは昼食後のことだった。私は書庫から持ってきた本を読み、護衛として側にいてくれるジャスターさんに分からない所を質問したりしていた。
サロンと呼ばれる寛ぎの部屋にいた私たちは、綺麗な鈴の音が鳴ったことでレオさんが戻ったことを知る。サラさんがドアを開けると同時にレオさんが入ってきた。ここに辿り着くまでが早いなレオさん。
「戻った。どうやら何とかなりそうだぞ」
「傭兵たちは受けてくれたんですね」
「俺はこういう交渉事が苦手だからな……」
ため息を吐きながら紺色の髪を搔き上げるレオさん。一つの動作ごとに、いちいち色気を振りまくの禁止。
それにしても……。
「レオさんが交渉するより、ジャスターさんが頼んだ方が良かったんじゃ?」
「それはですね、筆頭が元傭兵団長だったからなのですよ。私が恩寵を使うよりも強い信頼関係が出来上がってますからね」
「まぁ、団長っつっても都度顔ぶれは変わるんだけどな。仕事が変わればこの町から離れるやつもいるし、他から入ってくるやつもいる。俺は……ここにいようと思ったから長いこと傭兵としているだけで、団長っつーのも名誉職みたいなもんだ」
「自分も家がありましたから、傭兵ですが定住していましたね。姉夫婦たちが引っ越してくるまでという期間でしたが」
なるほど。傭兵っていうのは仕事ごとに雇われるだけで、基本は自由なんだ。ふむふむなるほどね。
「季節を変える儀式には、騎士と傭兵とが団体で移動する。騎士が二人しかいない分、傭兵を増やしてカサ増しさせないとだから、町の傭兵たちに声をかけまくってきたんだ」
「あの、国の騎士とかは協力してくれないんですか?」
「行軍に数人は付いてくるぞ。儀式が滞りなく済んだと国に報告する役目の奴らだが、実際は俺らを監視するのが目的だ」
「四季を変える儀式は神王様が関わってますから、本来であれば国の介入は認められていません。ですが見守るだけであればお目こぼしされるのです」
「そうですか……」
ここに来てから本を読んだり話を聞いたりと、色々知識を得ているんだけど、なぜか『国』というイメージがどんどん悪くなっていくんだよね。
恩寵を持つ元騎士たちを囲っちゃうとか聞くとね。ちょっとね。
「姫さん、騎士たちは俺らが相手するからな。話さなくていいぞ」
「え、でも……」
「いざとなれば自分の恩寵を使用していきますから」
「そう、ですか」
うーん、よく分からないけど、レオさんとジャスターさんが過保護モードになってるってことは、国の騎士って問題児が多いのかしら。
たとえばそう、いきなり騎士に立候補してきた貴族のお坊っちゃまたちみたいなのだったり。
面倒くさそうなにおいがプンプンしますぞ。くんかくんか。
「あ、そうだサラさん。町に出てちょっと雑貨とか見てみたいんだけど」
「支給される物資の一覧がありますが、そちらには無かったのですか?」
「いや、なんというか……市場を見てみたいというか……」
「市場? ですか?」
本だけでは分からない、この世界のことを知ることが今は大事だ。『姫』の仕事に入る前に、少しでも知識を得ておかないと……この世界で一人でも生きていける知識を。
「午後からは俺もジャスターも護衛につける。姫さんの要望はかなえてやろう」
「ありがとうレオさん。あと、姫としてじゃなく、私は塔の関係者ってことでよろしく」
「初めて会った時みたいな感じにするのか?」
「騒ぎにしたくないから」
「……了解だ」
なぜか渋々頷くレオさん。サラさんを見ると苦笑している。ジャスターさんは頷きながら呟いた。
「町娘のような服装も、姫君の愛らしさを引き立たせるでしょうね」
「……はぁ」
さらに渋味を増した顔をするレオさんに、私は首をかしげるのだった。
塔の外に出ると、屋根のないワゴン型の二頭立て馬車が用意されていた。紋章とか装飾とかないシンプルな造りのものだ。
「この馬車って……」
「姫さまが華美な馬車を嫌がってらっしゃるので、急きょ取り寄せたものです」
「さすがサラさん、ありがとう」
「幌を出せば天候が急変しても大丈夫ですが……もう少し良いものに買い替えましょうね」
「充分だよ! むしろこれがいいよ!」
「そうですか?」
不満げなサラさんに私は必死になる。地味じゃないと目立つじゃまいか。
レオさんとジャスターさんは、春の騎士用の騎士服を脱ぎ細身のズボンに白いシャツ、革のブーツというかなりラフな格好だ。それとレオさんはしっかり首までボタンをとめてほしい。切実に。
「自分が馭者席に上がりますので、筆頭は周囲の警戒を」
「おう、任せとけ」
ガッチリと守りを固められた私たちは、のどかな牧場や農場の風景を眺めつつ町へと向かう。
お店が連なっている通りで馬車は邪魔になるため、町に入った時点で預かってもらう。
「私は歩いても良かったんだけど」
「姫様はお若いせいか、元気ですよね」
サラさんに言われて「いやいや若くないですよ」というツッコミを飲み込みつつ、私はさっそく目に付いたお店の品物の物色を始める。
「あ、これ可愛い」
四角い石鹸にどこかで見たような花の模様が彫り込まれている。いい匂いだしすごく綺麗。
売っている男性店員が私に気づいて近寄ってくる。
「これ、うちの定番商品。結構高いけど可愛い君には安く売ってあげるよ」
「え?」
今、可愛いって言われた? それよりも、ここの店員軽いな。
思わず一歩下がると何かに背中が当たる。びっくりして振り返ったらレオさんがメチャクチャ怖い顔して立ってた。
「ひぃ!?」
今の声は私ではなく男性店員の悲鳴だ。体格のいいレオさんの後ろには、苦笑しているジャスターさんと満足げなサラさんがいる。いやいや二人ともレオさんを止めてくださいよ。
居たたまれなくなって店を出ると、レオさんが深々とため息を吐く。
「こうなると思ったんだ。目立つとしても『春姫』として出歩いた方が、こういう心配はなくなるんだが」
「すみません……」
「お困りですか? おじょうさん」
落ち込んで俯く私にかけられた声は、先程の店員とは違っていた。
顔を上げた私の目に入ったその姿に、思わず声を上げてしまいそうになるのを必死に抑える。そこにいたのは物腰柔らかな、ロマンスグレーの渋い老紳士だった。
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