32、儀式に足りないもの

 魔法陣が消えない。


「あれ……? 今、間違えずに弾けたと思ったんだけど」


 弾き終えた時、明らかに暖かい何かが広がったイメージだった。儀式に成功したら魔法陣が消えるって話だから、これはまだ儀式が継続している状態なのだろう。やばい。どうしよう。


「俺も今ので成功したと思ったんだが……」


「塔の時と同じような感じになったんです。どうしよう、やっぱり練習不足だったのかな」


 こうなると私は一気に思考が悪い方向へ向かってしまう。やはり『春姫』とか世界に必要な存在だとか、私には荷が重すぎたんだ。

 するとジャスターさんが私を見て何か思いついたような表情になる。


「姫君、今、塔と同じようにとおっしゃいました?」


「はい。同じように出来たと思います」


「……なるほど。今の状態は、あの時と同じ状態ということですね。つまり雪山を溶かすような力を発動は出来ているものの、儀式として力を発動するものではなかった」


「あの、儀式に必要なのは時期、奏でる楽器、見守る騎士、導く光ですよね?」


「ちょっと待て」


 私とジャスターさんの会話を聞いていたレオさんが、焦ったように口を挟む。


「姫さん、てっきり付いてきてると思っていたが、あの『麟』はどうした?」


「え? 『麟』ってアサギのことですよね? 町でサラさんが預かってくれています」


「……やっちまった」


 どういうことだとジャスターさんを見ると、彼の顔も青い。え、まさか……。


「あの『麟』が本物かは分かっていない。それは塔に戻れば判明することだが、ジャスターの『鑑定』で見れないってことは、ほぼ『神王』絡みであるってことなんだ」


「神王様から最初の儀式で『麟』を送られる姫は少ないです。時には植物の種だったり食べ物だったりします。植物の種は持って歩けますし、食べ物であれば食べれば大丈夫なんです。とにかくそれが儀式に必要だということなんですよ」


「俺もジャスターも学校でそこら辺は習ってた。しかし、今回は通常起こらない事が多すぎて、すっかり抜けていた……悪い。姫さん」


「ということは、アサギがいれば儀式が成功するってことですか?」


「そうだ。あれだけ力が発動しているんだから成功したも同然だろ」


「姫君、気づくのが遅くて申し訳ございません」


 レオさんとジャスターさんに次々と声をかけられて、ホッとしたと同時に目からポロポロ涙が出てしまう。


「ああ! 姫さん泣くな! 魔法陣に入れないから、今は何もできないんだから!」


「姫君、自分が町に戻って連れてきますから、このまま筆頭と待っていてもらえますか?」


 ダメだ。一度緊張の糸が切れてしまって、涙が止まらない。そんな私を心配してオロオロするジャスターさんが、ここから離れられずに困っている。泣きやまないと。うう、うわーん!!


『きゅーっ!!』


 その時、ここで聞こえるはずのない鳴き声と共に、青と緑と白のモフモフが空から降ってきた。

 ぽふーんと私の胸の中に飛び込んできた小さな生き物に、思わず身構えたレオさんとジャスターさんが同時に警戒を解く。

 だって、それはもちろん……。


「アサギ!! 来てくれたの!?」


『きゅきゅ! きゅーっ!!』


「ごめん、置いて行っちゃって。アサギは儀式のため、この世界のために必要だから私のところに来たんだもんね。ごめんね」


『きゅー』


 なぜか不満げに鳴くアサギに、私はもう一度謝る。


「ごめん、もしかして、私のためだったりする?」


『きゅっ!!』


 分かればよろしいといった風に鳴くアサギに、レオさんとジャスターさんが笑い出す。

 不思議なことに上向きな気持ちになってきた私は、かなり時間が経ってしまったけどこのまま儀式を続けることにした。


「聴いててくれる? アサギ」


『きゅ!』


「レオさん、ジャスターさん、見ててください」


「おう任せとけ。ゆっくりやっていいぞ」


「姫君、楽しんでください」


「はい!」


 こうして私は、私を大事におもってくれる二人と一匹のために。そして町で待ってるサラさんとキラ騎士と傭兵団のために、まずは一歩進む事ができた。

 魔法陣は消えて儀式は成功したけれど、もう少しだけ弾きたくて日本の歌を弾いてみた。

 

 懐かしい、日本の古い歌。

 きっとこの世界では誰も知らない歌。

 

 私が席を立つまでピアノは待っててくれて、ちゃんとピアノにもお礼を言ったら青い光を飛ばして応えてくれたみたいで皆で笑ってしまった。


「楽器にも心があるみたいだった。やはり神王が創った物は特別なのかもしれないな」


「そうかもしれませんね」


 私は塔にあるピアノにも声をかけてみようと考えたところで、塔に帰る楽しみが増えたことに嬉しくなった。

 帰る場所がある。そのことが実感できから嬉しくて、少しだけ、切なかった。







「ああ、やはり姫様の所へ行ったんですね! 良かったです……本当に心配したんですよ」


『きゅぅぅ』


 町に戻った私たちは、大急ぎでサラさんたちが待機している宿屋に戻ってきた。

 怒っているサラさんに、申し訳なさそうにチワワのような耳を伏せるアサギ。これはいけないと私も頭を下げる。


「ごめんなさい。アサギが儀式に必要だってこと、知らないのは勉強不足だった私が悪いの」


「そんな、姫様が謝ることはありません! 毎日一生懸命、姫様が書庫の本を読んで勉強しているのをサラは知っています!」


 いや、娯楽本も読んでたりするから、やっぱり申し訳ないよ。

 ごめんねサラさん!!


「いや、自分たちの考えが至らず申し訳ないです」


「悪いな、今度から気をつける」


「騎士ジャスター様お気になさらないでください。筆頭レオ様は今後このようなことがないよう、注意してくださいましね!」


「何で俺だけ怒られてるんだ?」


「筆頭の日頃の行いではないかと」


「おい、俺はお前ほど腹黒いことはしてないぞ」


「ふふふ、何のことでしょうか。まったく見当もつきませんね」


 二人のオッサン騎士のじゃれ合いを微笑ましげに見ながら、私はやっと人心地ついた気がした。


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